
《十二月五日》冬の波ちょっと小走りになる夕
冬の波が寄せては返すその浜辺で、わたしはふと小走りになった。理由はない。ただ背中のどこかに冷たい気配を感じた、それだけのことである。振り向くと、足跡がひとつ、わたしのものとは逆向きに刻まれていた。誰かが、波とは逆に、こちらへ向かってきている。なのに誰の姿もない。足跡だけが、砂の上に、ひとつ、またひとつ。気づけばわたしの足は止まり、風が、耳もとで、低く名を呼んだような気がした。わたしのではない名だった。
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冬の波が寄せては返すその浜辺で、わたしはふと小走りになった。理由はない。ただ背中のどこかに冷たい気配を感じた、それだけのことである。振り向くと、足跡がひとつ、わたしのものとは逆向きに刻まれていた。誰かが、波とは逆に、こちらへ向かってきている。なのに誰の姿もない。足跡だけが、砂の上に、ひとつ、またひとつ。気づけばわたしの足は止まり、風が、耳もとで、低く名を呼んだような気がした。わたしのではない名だった。
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