《二月六日》春の蹄傾ぐ海より迫り上ぐる

これは抵抗じゃない。そう言い切ると、ほんとうに大事なことを見逃してしまう。わたしは文字を集めるのが好きなのだ。網で獲ったそれがどれだけ美しいことか。陽に透かせば、結ばれあった文字には、数えきれない人生が観察できる。ほんの一瞬、だれかの記憶がそこに浮かび、そしてまた風にさらわれていく。記憶というものが、こうしてどこかに流れていくのなら、わたしはせめて、それをそっとすくいあげてみたい。

著者略歴

小津夜景(おづ・やけい)

1973北海道生まれ。句集に『フワラーズ・カンフー』(第8回田中裕明賞)、『花と夜盗』。エッセイ集に『カモメの日の読書』『いつかたこぶねになる日』『ロゴスと巻貝』。そのほか、ヴィオラ・ダ・ガンバ奏者須藤岳史との往復書簡『なしのたわむれ 古典と古楽をめぐる手紙』。現在『すばる』で「空耳放浪記」連載中。

(ヘッダー写真:小津夜景)

 

無断転載・複製禁止

バックナンバー

  • 2月6日:春の蹄傾ぐ海より迫り上ぐる
  • 2月5日:わたしと夜の余熱まわる小さな靄
  • 2月4日:塔の影カリギュラめきて蜃楼
  • 2月3日:風船の影なきままに風の骨
  • 2月2日:しほさゐにしじまを宿し虚貝
  • 2月1日:泡の手につつむ淡菜の二、三片

俳句結社紹介

Twitter