《七月十六日》虹立つや見るものすべて逆しまに

ヴェネツィアが島だったなんて、行くまで知らなかった。ほんとうに。
着いたとき、「あ、島だ」って、思わず言ってしまった。
水の都って言うから、てっきり運河がたくさんある古い町ぐらいに思ってたのに。全然違った。海に浮かんでるし、空港から町まではバスじゃなくて船だし。水面を走るエンジン音は思ったよりうるさくて、遠くでは漁船みたいなのが揺れていた。
ああ、ここって、行くにも帰るにも波をこえていく町なんだなと。
暮らしていても、毎日ちょっと旅立ち、みたいな。
そういう感じが、なんか、よかった。

著者略歴

小津夜景(おづ・やけい)

1973北海道生まれ。句集に『フワラーズ・カンフー』(第8回田中裕明賞)、『花と夜盗』。エッセイ集に『カモメの日の読書』『いつかたこぶねになる日』『ロゴスと巻貝』。そのほか、ヴィオラ・ダ・ガンバ奏者須藤岳史との往復書簡『なしのたわむれ 古典と古楽をめぐる手紙』。現在『すばる』で「空耳放浪記」連載中。

(ヘッダー写真:小津夜景)

 

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バックナンバー

  • 7月16日:虹立つや見るものすべて逆しまに
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  • 7月13日:蛍火の語源は古くLatinのluc
  • 7月12日:優曇華を孕みてバルト眠れずに
  • 7月11日:空き家より盗聴器出るふのりの夜
  • 7月10日:大航海時代の夢を蚊は吸へり
  • 7月9日:残像の市やパパイヤ置き去られ
  • 7月8日:都市熱にゆれるテスラと蜘蛛の糸
  • 7月7日:出欠表の端に死ぬ風ふととまる
  • 7月6日:ジョイス読む蟷螂いつも逆さまに
  • 7月5日:風死してウディ・アレンの茹でた豆
  • 7月4日:フロイトの夢に蛾の影ひとつふえ
  • 7月3日:百足またボルヘスの書を這ふ夜かな
  • 7月2日:蚤を飼ふシェイクスピアの失恋記
  • 7月1日:打ち水や梁をくゆらし光の緒

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