《十二月十九日》着膨れて声のたまごを抱き歩く

ちなみに三十年前の出来事については以下の通り。
「ねえ乗ってかない?」と声がする。振り返ると、赤いダイハツ・ミラの窓から中年の男性が顔を出していた。が、その顔より先に目に飛び込んできたのがフロントガラスの縁のキティちゃん。数珠つなぎになってぶら下がり、風に煽られた小動物の群れのように震えていた。後部座席はさらに密度が高く、握り拳くらいのキティちゃんの頭部が座席全体にびっしりと貼りつけられてカタコンベなっていた。走って逃げた。

著者略歴

小津夜景(おづ・やけい)

1973北海道生まれ。句集に『フワラーズ・カンフー』(第8回田中裕明賞)、『花と夜盗』。エッセイ集に『カモメの日の読書』『いつかたこぶねになる日』『ロゴスと巻貝』。そのほか、ヴィオラ・ダ・ガンバ奏者須藤岳史との往復書簡『なしのたわむれ 古典と古楽をめぐる手紙』。現在『すばる』で「空耳放浪記」連載中。

(ヘッダー写真:小津夜景)

 

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バックナンバー

  • 12月19日:着膨れて声のたまごを抱き歩く
  • 12月18日:冬日差す出やすき場所のうすき影
  • 12月17日:贈られて冬の透明すこし増す
  • 12月16日:節を秘め歩く京都の冬木立
  • 12月15日:冬の鳩ふくらんだまま赤信号
  • 12月14日:霜柱バゲット一本買って出る
  • 12月13日:小春日の誰も読まない雑誌棚
  • 12月12日:あなぐまの夢よりさめて妻の怒気
  • 12月11日:風邪ひいてほめられたことばかり思ふ
  • 12月10日:蜜柑むくみんなの手から夜がこぼれる
  • 12月9日:短日やバターたっぷりのごほうび
  • 12月8日:炬燵から出ずに謝る午後三時
  • 12月7日:寒昴みづのゆらぎの底までも
  • 12月6日:ねずみもちひとは名づけるのが上手
  • 12月5日:冬の波ちょっと小走りになる夕
  • 12月4日:扉絵のごとき静けさ冬の家
  • 12月3日:枯蔦のくるんとしたとこ好きになる
  • 12月2日:落葉ふわっと乗っかってくる上目づかい
  • 12月1日:狐火が遠くて今日の皿が割れ

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