《二月四日》塔の影カリギュラめきて蜃楼かひやぐら

また塔のてっぺんが動いている。ほんのわずかに。風もないのに。でも、どんなに時間の支配を望んだところで、こぼれた文字の一粒すら、人間の思うままにはならないだろう。わたしは網を引き寄せ、そっと手のひらに文字をのせた。小さく震えている。羽毛みたいに軽く、消え入りそうな存在。時間のかけら。指でそっと押さえる。けれど、そうすることでさえ、逃げ道を与えてしまうのだ。捕まえた、と思った途端、するりと抜けていく。塔は監視を続けている。

著者略歴

小津夜景(おづ・やけい)

1973北海道生まれ。句集に『フワラーズ・カンフー』(第8回田中裕明賞)、『花と夜盗』。エッセイ集に『カモメの日の読書』『いつかたこぶねになる日』『ロゴスと巻貝』。そのほか、ヴィオラ・ダ・ガンバ奏者須藤岳史との往復書簡『なしのたわむれ 古典と古楽をめぐる手紙』。現在『すばる』で「空耳放浪記」連載中。

(ヘッダー写真:小津夜景)

 

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バックナンバー

  • 2月4日:塔の影カリギュラめきて蜃楼
  • 2月3日:風船の影なきままに風の骨
  • 2月2日:しほさゐにしじまを宿し虚貝
  • 2月1日:泡の手につつむ淡菜の二、三片

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