《四月七日》桃ひらく古書の行間うっすら雨

戦後八十年という文字を目にした。
声にするより重たく感じた。机の上にのせた辞書みたいだった。持ち上げれば埃が舞いそうで、閉じたまま指先でなぞるしかないような重さ。
風土という言葉がふいに浮かぶ。たぶんそれは、声にならない沈黙の配置、置き去りにされる記念日の手触り、語られなかった記憶が、部屋の深部でまだ呼吸している──そんな名もなき気圧のことだ。

著者略歴

小津夜景(おづ・やけい)

1973北海道生まれ。句集に『フワラーズ・カンフー』(第8回田中裕明賞)、『花と夜盗』。エッセイ集に『カモメの日の読書』『いつかたこぶねになる日』『ロゴスと巻貝』。そのほか、ヴィオラ・ダ・ガンバ奏者須藤岳史との往復書簡『なしのたわむれ 古典と古楽をめぐる手紙』。現在『すばる』で「空耳放浪記」連載中。

(ヘッダー写真:小津夜景)

 

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バックナンバー

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  • 4月4日:沈丁花ひとりごとの向きが変わる
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  • 4月2日:蓴生う起爆せぬ語のピンを抜く
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