《五月十六日》風薫る午後人類の棚を編む

まるで、走ってホームに飛び込んだものの、電車のドアが閉まりかけていたときのような、ほんの一歩。でも、その一歩は縮まらない。つまり、システムのほうが、こちらの動きにまったく関心をもっていない。それだけのこと。べつに事故でも失敗でもない。でも、自分の動きと世界の挙動が、かすかに噛み合わなかったとき、人の脳はそこに、いらぬ引っかかりを残すらしい。彼女の脳もまた、その引っかかりに囚われ、足踏みしていた。

著者略歴

小津夜景(おづ・やけい)

1973北海道生まれ。句集に『フワラーズ・カンフー』(第8回田中裕明賞)、『花と夜盗』。エッセイ集に『カモメの日の読書』『いつかたこぶねになる日』『ロゴスと巻貝』。そのほか、ヴィオラ・ダ・ガンバ奏者須藤岳史との往復書簡『なしのたわむれ 古典と古楽をめぐる手紙』。現在『すばる』で「空耳放浪記」連載中。

(ヘッダー写真:小津夜景)

 

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バックナンバー

  • 5月16日:風薫る午後人類の棚を編む
  • 5月15日:ひるねとはぷるるんとしたものらしい
  • 5月14日:ニュートンの歯触りならんゼリーかな
  • 5月13日:姉のこゑ檸檬のかたちして夕立
  • 5月12日:白玉の影やはらかに雨過ぎる
  • 5月11日:ラムネ飲むふりで耳打ちされてゐる
  • 5月10日:乳と蜜途絶えし地図の籠枕
  • 5月9日:素足まだ乾かぬままで聞く謝罪
  • 5月8日:サイダーの栓抜く音や密談後
  • 5月7日:玉巻く葛神託【オラクル】と風ひとつなる
  • 5月6日:船来ぬ日簾が風によく鳴いた
  • 5月5日:サイダーの残響ひかる世の終り
  • 5月4日:風薫る時計の針はさかしまに
  • 5月3日:虹見ゆる鏡のなかの他殺説
  • 5月2日:地鏡を覗き探偵まばたかず
  • 5月1日:春日傘つけ入る余地のなき供述

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