《六月二十七日》はじけても泡はなんにも言わぬ夏

本を閉じた。思考の気配が、やや静まったのを確認する。少し呼吸が通るようになる。ラジオをつける。音が流れ出す。音楽ではなかった。話し言葉、それも天気の話。誰かが誰かに状況を伝えようとしている音声。その現実感がありがたく、ラジオはそのままにしておいた。
彼女はmizukを棚に戻した。すこし奥へ押しこむと、ぴたりとおさまった。

著者略歴

小津夜景(おづ・やけい)

1973北海道生まれ。句集に『フワラーズ・カンフー』(第8回田中裕明賞)、『花と夜盗』。エッセイ集に『カモメの日の読書』『いつかたこぶねになる日』『ロゴスと巻貝』。そのほか、ヴィオラ・ダ・ガンバ奏者須藤岳史との往復書簡『なしのたわむれ 古典と古楽をめぐる手紙』。現在『すばる』で「空耳放浪記」連載中。

(ヘッダー写真:小津夜景)

 

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バックナンバー

  • 6月27日:はじけても泡はなんにも言わぬ夏
  • 6月26日:割れし皿ぴたりと合わせ青嵐
  • 6月25日:暑き日や郵便受けに手がはいる
  • 6月24日:短夜のシンセひと鳴きして黙る
  • 6月23日:バナナ食ふ肌に夜明けの絵の具のせ
  • 6月22日:香を積みてふいに沈めり朴の花
  • 6月21日:玉葛のからみて建つはものの影
  • 6月20日:あやめ咲く風の来しかたなき調べ
  • 6月19日:繭ひとつ置きしより塔崩れをり
  • 6月18日:蜘蛛の囲の仮面は吊るしあるままに
  • 6月17日:額縁を出でしごとくに桐の花
  • 6月16日:くちなはと同じ日焼けの跡なりき
  • 6月15日:素足して光のうらをすこし踏む
  • 6月14日:雨音のとだえしのちの青き鷺
  • 6月13日:腕のかたちをなぞりつつ蛇とゐる
  • 6月12日:夢の背をきりりと裂いて干す浴衣
  • 6月11日:失せものの香をたどるや夏座敷
  • 6月10日:木苺や塔にささったままの鍵
  • 6月9日:打ち水やあとさき湾る下駄のこゑ
  • 6月8日:青蛙棲むとは粘土火のかたち
  • 6月7日:蟻のこと書いてるだけで日が暮れる
  • 6月6日:白服を遺書の風ごとたたみけり
  • 6月5日:扇より逃げし香りの名は知らず
  • 6月4日:金魚とは水にある火のゆくへなり
  • 6月3日:風鈴や裏返りゆく紙の町
  • 6月2日:籐椅子や風たまゆらのままに在り
  • 6月1日:金魚鉢覗くたびまた変はる顔

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