《七月十四日》死ぬあたし氷川きよしがきこえてる

本を「道具」として使ったことはありますか?
昼寝のまくらにするとか、そういう話ではなくて。もっと、なんというか、いわゆる――人生の道具として。
わたしは、ある。十九歳のとき。失恋を、書物で乗り越えた。福永武彦の『愛の試み』。初めて読んだときは、あまりのリリシズムに、思わず心がしーんと冷静になってしまった本である。
けれど、命の危機に瀕したとき、しがみついて再読し、その真価がわかった。
名だたる先人たちに激推しされてきた本だけのことは、あった。

著者略歴

小津夜景(おづ・やけい)

1973北海道生まれ。句集に『フワラーズ・カンフー』(第8回田中裕明賞)、『花と夜盗』。エッセイ集に『カモメの日の読書』『いつかたこぶねになる日』『ロゴスと巻貝』。そのほか、ヴィオラ・ダ・ガンバ奏者須藤岳史との往復書簡『なしのたわむれ 古典と古楽をめぐる手紙』。現在『すばる』で「空耳放浪記」連載中。

(ヘッダー写真:小津夜景)

 

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バックナンバー

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  • 7月13日:蛍火の語源は古くLatinのluc
  • 7月12日:優曇華を孕みてバルト眠れずに
  • 7月11日:空き家より盗聴器出るふのりの夜
  • 7月10日:大航海時代の夢を蚊は吸へり
  • 7月9日:残像の市やパパイヤ置き去られ
  • 7月8日:都市熱にゆれるテスラと蜘蛛の糸
  • 7月7日:出欠表の端に死ぬ風ふととまる
  • 7月6日:ジョイス読む蟷螂いつも逆さまに
  • 7月5日:風死してウディ・アレンの茹でた豆
  • 7月4日:フロイトの夢に蛾の影ひとつふえ
  • 7月3日:百足またボルヘスの書を這ふ夜かな
  • 7月2日:蚤を飼ふシェイクスピアの失恋記
  • 7月1日:打ち水や梁をくゆらし光の緒

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