
《二月十五日》こときれし鼻の孔ある涅槃かな
最近では須磨寺の涅槃会が印象に残る。阪神電鉄の須磨寺駅で下車し、志らはま鮨で穴子寿司や巻寿司を食べた。
昭和二十年二月十五日の虚子句日記は「年尾長女中子興健女子専門学校に入学の志望あり試験を受く」とあって「春潮にたとひ艪櫂は重くとも」。孫の中子さん(「花鳥」前主宰。坊城俊樹さんのご母堂)を励ますため、虚子は本気で句を詠んだ。中子さんは「興健」(聖路加)に合格し、看護士のキャリアを全うされた。
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最近では須磨寺の涅槃会が印象に残る。阪神電鉄の須磨寺駅で下車し、志らはま鮨で穴子寿司や巻寿司を食べた。
昭和二十年二月十五日の虚子句日記は「年尾長女中子興健女子専門学校に入学の志望あり試験を受く」とあって「春潮にたとひ艪櫂は重くとも」。孫の中子さん(「花鳥」前主宰。坊城俊樹さんのご母堂)を励ますため、虚子は本気で句を詠んだ。中子さんは「興健」(聖路加)に合格し、看護士のキャリアを全うされた。
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