《九月五日(木)》いきいきと母が話せる明るさの馬酔木には小さき実のなる頃か
母の八十二歳の誕生日。京都の西京極で生まれ育った母は二十代で結婚し、その後はずっと東京に住んでいる。もの忘れが激しくなり、私の夫や息子の名前を間違えたり時には私の顔も忘れてしまったりすることがあるけれど、京都のことはよく覚えていて楽しそうに思い出話をする。国語の授業で習ったという堀辰雄のエッセイ「浄瑠璃寺の春」がよほど好きだったようで、今も高校時代に戻って朗読しているかのように話してくれる。
著者略歴
大口玲子(おおぐち・りょうこ)
1969年東京都大田区生まれ。宮城県仙台市、石巻市を経て、現在は宮崎県宮崎市在住。1998年、「ナショナリズムの夕立」で第四十四回角川短歌賞受賞。
歌集に『海量』、『東北』、『ひたかみ』、『トリサンナイタ』、『桜の木にのぼる人』、『ザベリオ』、『自由』、歌文集に『セレクション歌人5 大口玲子集』『神のパズル』がある。「心の花」会員。宮崎日日新聞「宮日文芸」短歌欄選者。牧水・短歌甲子園審査員。
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