鍵を落とした。落としたとき、音がした気がするのに、見あたらない。足もとを探していると、床の模様が、じわりと迷路のようにねじれてくる。ああ。夢の中で、立ちすくむ。手のひらには、冷たい金属の感触が、まだ残っている。目が覚めても、喉の奥に、小さな鍵がひっかかっているような感じがする。不安な朝だ。鍵は、いったい、どこにあるのか。今年が終わるまでに、見つけられるといいのだけれど。
著者略歴
小津夜景(おづ・やけい)
1973北海道生まれ。句集に『フワラーズ・カンフー』(第8回田中裕明賞)、『花と夜盗』。エッセイ集に『カモメの日の読書』『いつかたこぶねになる日』『ロゴスと巻貝』。そのほか、ヴィオラ・ダ・ガンバ奏者須藤岳史との往復書簡『なしのたわむれ 古典と古楽をめぐる手紙』。現在『すばる』で「空耳放浪記」連載中。
(ヘッダー写真:小津夜景)
無断転載・複製禁止