《二月五日》わたしと夜の余熱まわる小さな靄

昔は塔なんてなかった。雲も風も、もっと自由だった。深空魚はもっと高いところを泳ぎ、こぼれたうろこが風に乗って、空を満たしていた。でもいつしか人は、時間を手なずけ、道具にしてしまった。そして、過去を眺めず、未来を紡がず、ただ現在という薄い膜の上に生きるようになった。 もう誰も雲を読もうとしない。それなのに、わたしはいまだに雲を追い、こぼれる文字をすなどりつづけている。

著者略歴

小津夜景(おづ・やけい)

1973北海道生まれ。句集に『フワラーズ・カンフー』(第8回田中裕明賞)、『花と夜盗』。エッセイ集に『カモメの日の読書』『いつかたこぶねになる日』『ロゴスと巻貝』。そのほか、ヴィオラ・ダ・ガンバ奏者須藤岳史との往復書簡『なしのたわむれ 古典と古楽をめぐる手紙』。現在『すばる』で「空耳放浪記」連載中。

(ヘッダー写真:小津夜景)

 

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バックナンバー

  • 2月5日:わたしと夜の余熱まわる小さな靄
  • 2月4日:塔の影カリギュラめきて蜃楼
  • 2月3日:風船の影なきままに風の骨
  • 2月2日:しほさゐにしじまを宿し虚貝
  • 2月1日:泡の手につつむ淡菜の二、三片

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