《八月四日》海月浮くいにしへびとの袖のごと

わたしには嘘の記憶がたくさんある。それは、たとえば終戦の日の空気。見ていないのに、何度も本で読んで、感じて、染み込んできた音や沈黙。経験していないはずなのに、体の奥にある。読むことは、誰かの記憶を引き取ることで、終戦を知らないわたしの中にも、あのころの時間は流れている。それは借りものだけれど、わたしのものでもある。そういう終戦が、確かにわたしの中にある。

著者略歴

小津夜景(おづ・やけい)

1973北海道生まれ。句集に『フワラーズ・カンフー』(第8回田中裕明賞)、『花と夜盗』。エッセイ集に『カモメの日の読書』『いつかたこぶねになる日』『ロゴスと巻貝』。そのほか、ヴィオラ・ダ・ガンバ奏者須藤岳史との往復書簡『なしのたわむれ 古典と古楽をめぐる手紙』。現在『すばる』で「空耳放浪記」連載中。

(ヘッダー写真:小津夜景)

 

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バックナンバー

  • 8月6日:夏帽子ふりかへる日は来ない橋
  • 8月5日:風死せりわたし透明すぎるのか
  • 8月4日:海月浮くいにしへびとの袖のごと
  • 8月3日:夕立や水の輪切って踏むペダル
  • 8月2日:夕立やサドルにひとつ空の花
  • 8月1日:片蔭の客は気まぐれ書生ども

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