《八月六日》夏帽子ふりかへる日は来ない橋

出先のトイレの壁紙が、カラフルなバウハウス模様だった。
四方より視覚を圧倒され、うっすら緊張しながら用を足す。
設計者は「おしゃれでしょ」と思ったのかもしれない。が、物事には相性ってものがある。ラブホテルに般若心経の柄。子供部屋に中世の拷問器具図。そういうレベルでずれている――視覚刺激と副交感神経の関係的に。
帰り道、やさしい花柄のことばかり考えていた。

著者略歴

小津夜景(おづ・やけい)

1973北海道生まれ。句集に『フワラーズ・カンフー』(第8回田中裕明賞)、『花と夜盗』。エッセイ集に『カモメの日の読書』『いつかたこぶねになる日』『ロゴスと巻貝』。そのほか、ヴィオラ・ダ・ガンバ奏者須藤岳史との往復書簡『なしのたわむれ 古典と古楽をめぐる手紙』。現在『すばる』で「空耳放浪記」連載中。

(ヘッダー写真:小津夜景)

 

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バックナンバー

  • 8月6日:夏帽子ふりかへる日は来ない橋
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  • 8月3日:夕立や水の輪切って踏むペダル
  • 8月2日:夕立やサドルにひとつ空の花
  • 8月1日:片蔭の客は気まぐれ書生ども

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