テラスで焼き栗を食べる。なぜか。焼き栗がそこにあるからだ。袋をやぶると、熱い栗が顔を出す。とりわけ金色のところを、そっとかじる。蜜のような甘さが舌を包み、焼き目の香ばしさが鼻腔を抜けた。その味に朦朧としつつ、「長き影は地に貼りて時の静かなるごとく、細き風は湯気を天に向けて遊ぶ」とひとりごちる。冬の柔らかな光に透けるその塊は、桃源郷の金塊そのもの。ふと漱石に会いたくなる。
著者略歴
小津夜景(おづ・やけい)
1973北海道生まれ。句集に『フワラーズ・カンフー』(第8回田中裕明賞)、『花と夜盗』。エッセイ集に『カモメの日の読書』『いつかたこぶねになる日』『ロゴスと巻貝』。そのほか、ヴィオラ・ダ・ガンバ奏者須藤岳史との往復書簡『なしのたわむれ 古典と古楽をめぐる手紙』。現在『すばる』で「空耳放浪記」連載中。
(ヘッダー写真:小津夜景)
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