祈る詩[3]―キーツ2016.11.1

 

秋に寄せるうた

ジョン・キーツ

霧と熟れたる豊穣の季節よ
恵みあふれる太陽の親しい友だちよ。
葉のひさしに捲き付いた葡萄づるには重い房を
どんなに垂れ下げようかと、おまえは太陽と語らいたくらむ

苔むした納屋の古木には林檎をたわわに実らせ、
すべての果物をその芯にまで熟れさせようとする、
またひょうたんを膨らまし、そして蜜蜂たちには
遅れ咲きの花をもっともっと開かせようとする。
夏が蜜蜂の巣の蜜房にねばねばと満ちていて、
暖かい日々の終わることがないだろうと思うまで。

 

誰が収穫のときにしばしばおまえを見かけなかったであろう。
ときおりおまえをあちこち捜したものなら、
おまえが穀倉の床のうえで吹き過ぎる
風に髪をゆるやかになぶらせて、
ただぼんやりと坐っているのを見かけたものだ。

あるいは半ば刈りとられた畝で
芥子の匂いに眠気を催し、
いっぽうおまえの鎌は、次の麦株と絡まる
花々を惜しんでぐっすりと寝入っている。
またときおりおまえは落穂拾いの人のように
花をのせた頭を辛抱づよい目差しで
果物搾りから落ちる

 

春の歌はどこに行ったのであろう。
ああ、いまはどこに。
そのことを思うてはならぬ、おまえには
おまえの歌がある――

たなびく雲は紅く沈まんとする夕陽に映え、
薔薇色に切株の畑を染めるとき、
ちいさな羽虫のむれはかわやなぎの枝のなかで
かろやかな風が立ちまたやんだりするままに
高く運ばれあるいは低く降りたりしながら哀しげにうたう、
生長した仔羊がむこうの丘から啼きつつやってくる。
垣根のこおろぎが鳴く、そしていま菜園に駒鳥が美しいソプラノで囀る。
また空には。南に帰る燕のむれが囀っている。

 

出口保夫 訳

 

キーツ
©Megumi Moriyama

 

 

あれは夏の終わりから秋にかけて、
ニュージーランドの小さな町でホームステイをした時のことだ。
滞在した家の家庭菜園には、トマトやキュウリ、人参が育ち、
前庭の果樹にはリンゴや洋ナシがたわわに実っていた。

 

小さな町の普通の家庭なのに、なんと豊かなのかと驚き目を見張った。

 

檸檬の木など見たこともなかった私にとり、
目の前になる黄色い果実は、薄切りレモンとはまったくの別もの、
現実ではなく、物語や空想の世界のようであった。

 

芝生の真ん中には胡桃の大樹もあって、
まだ土まみれの胡桃の実が、リビングの籠に山のように盛られていた。
「こうやって割るんだ」
その家のお父さんが、ペンチのような胡桃割りでバリッ、バリッと割る。
中から白くみずみずしい胡桃の果肉が現われた。

 

リンゴや洋ナシは、収穫しないまま熟し落ちていく。
「庭から洋ナシを拾ってらっしゃい!」
母親に言い付けられると、10歳の少女ケイティは、
「え、またぁ。ヤダぁ」
とむくれているが、私が果物を喜ぶので嫌々ながら拾ってくる。
そのフルーツは朝食のテーブルに並ぶのだ。

 

キーツの To Autumn 「秋に寄せて」は、
まさにこのような秋の実りを謳う田園詩である。
前回紹介したワーズワス同様、
イギリス・ロマン派詩人は、自然を詠むのを得意としてきた。

 

病弱であったキーツは、神経症的鋭い感受性の持ち主で、
自然の中に神秘を感得する力は、ロマン派の中でも抜きんでている。
現実から異界へ、詩的想像力で読者を一気に運んでいく。

 

葡萄や林檎。カボチャ(ひょうたん)、ハシバミ。蜂蜜や穀物。
コオロギ、スズメ、コマドリの歌。

 

キーツ自身はロンドンの都会で生まれ育ち、
このような田園生活にそれ程馴染んでいた訳ではない。
この詩世界もキーツの想像力が描き出したものだ。
彼の「自然」はギリシャ神話の神々や愛に通じるもので、
異教的な神秘や超越、永遠性へと誘う。

 

Where are the songs of spring? Ay, where are they?
「春の歌はどこに行ったのであろう。ああ、いまはどこに」

 

秋の実りを歌い上げながら、
不意に春を恋い、冬を恐れるかのような一行が差し挟まれる。

 

1819年9月にこの詩を執筆し、1821年12月には結核で夭折したキーツ。

 

温暖な気候を求めてローマに渡り、春を待ち望んだものの果たせず、
25歳の冬に生涯を終えたのである。
「秋に寄せて」以降、一度しか春を迎えられなかったのだ。

 

それを思い合わせると、秋の恵みを悦びつつも、忍び寄る冬の寒さと死に震え、
春の命を待ち望み、祈る歌にも思われる。

 

ニュージーランドのホームステイ先、長男アレックは私と同世代、
当時17、18歳の反抗期真っ直中だった。
ブロンドの美しい青年だったが、毎日共に食卓を囲んでも、
殆ど口も聞かないまま一ヶ月が過ぎた。

 

帰国する最後の朝、私が外に出てみると玄関脇に隠れていて、
「元気でね」とリンゴを一つくれた。
赤い小さな、秋の実り――

 

リンゴを見ると今も時折、手に受けたあの赤い重さを思い出す。

 

最後に原詩をご紹介します。
キーツが得意としたオード(頌歌)形式。
詩的音楽性に鋭敏であったキーツらしく、弱強五歩格(iambic pentameter)という伝統的・音楽的韻律で、ほぼ統一されている。

 

 

 

To Autumn

John Keats

Season of mists and mellow fruitfulness,
Close bosom-friend of the maturing sun;
Conspiring with him how to load and bless
With fruit the vines that round the thatch-eves run;
To bend with apples the moss’d cottage-trees,
And fill all fruit with ripeness to the core;
To swell the gourd, and plump the hazel shells
With a sweet kernel; to set budding more,
And still more, later flowers for the bees,
Until they think warm days will never cease,
For summer has o’er-brimm’d their clammy cells.

 

Who hath not seen thee oft amid thy store?
Sometimes whoever seeks abroad may find
Thee sitting careless on a granary floor,
Thy hair soft-lifted by the winnowing wind;
Or on a half-reap’d furrow sound asleep,
Drows’d with the fume of poppies, while thy hook
Spares the next swath and all its twined flowers:
And sometimes like a gleaner thou dost keep
Steady thy laden head across a brook;
Or by a cyder-press, with patient look,
Thou watchest the last oozings hours by hours.

 

Where are the songs of spring? Ay, Where are they?
Think not of them, thou hast thy music too,—
While barred clouds bloom the soft-dying day,
And touch the stubble-plains with rosy hue;
Then in a wailful choir the small gnats mourn
Among the river sallows, borne aloft
Or sinking as the light wind lives or dies;
And full-grown lambs loud bleat from hilly bourn;
Hedge-crickets sing; and now with treble soft
The red-breast whistles from a garden-croft;
And gathering swallows twitter in the skies.

 

 

ジョン・キーツ
 

【ジョン・キーツ (1795-1821)】
イギリス・ロンドンに生まれる。
8歳で父を、14歳で母を亡くし、また22歳の時には3つ年下の弟を亡くすなど、死を常に意識する人生であった。医師を目指すが、やがて詩に専念。1819年には「ナイチンゲールに寄せるオード」「ギリシャの壺に寄せるオード」「ファニーに寄せる」などオードの傑作群を次々執筆する。しかし1820年に結核を発症、ローマへ転地療養に向かうが、数ヶ月後、死去。ローマのプロテスタント共同墓地に葬られる。墓石には「その名を水に書かれし者ここに眠る(‘Here Lies One Whose Name Was Writ in Water’)」と彫られている。

 

 

【略歴】

森山 恵(もりやま めぐみ)

東京生まれ。
1993年 聖心女子大学大学院 英語英文学修了。
2005年第一詩集『夢の手ざわり』ふらんす堂より上梓。
その他詩集『エフェメール』(ふらんす堂)、『みどりの領分』、『岬ミサ曲』(思潮社)。
淑徳大学池袋エクステンションセンターにて2014年「イギリスの詩を読む」講座担当。
NHK WORLD TV 「HAIKU MASTERS」選者。
翻訳書近刊予定。

森山恵ブログ「poesia poesia」

愛読してきた外国の詩など、これからご紹介していきたいと思います。
どうぞよろしくお願い致します。

 

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