祈る詩[9]―C・ロセッティ2017.5.1

 

  「夢見た フクロウつかまえた夢、
    青い小さなフクロウ」

  「そんなの探しても 見つかりっこない
    ぜったい 見つかりっこない」

  「夢見た ヒマワリの種植えた夢、
    血みたいな赤いヒマワリ」

  「たいようの陽の下 咲きっこない
    そんなの 咲きっこない」

(森山 恵 訳)

 

 

©Megumi Moriyama
©Megumi Moriyama

 

 

 

唐突だが、皆さんは夢を見るだろうか? 眠っているときの夢のことだ。
私はよく見る。
特技、と長いこと思っていた。
自己暗示を掛けて、次の夜に夢の続きを見ることもできた。

 

鳥の夢もよく見た。
小鳥になって野山を飛んだり、見たことのない珍しい野鳥が現われたり。
ある時は家の硝子戸を開けると、黄色やオレンジ、熱帯の色鮮やかな鳥が群れていた。
鮮烈で独創的ヴィジョンを得たような気がして、目が覚めてから詩にしようとするけれど、なかなか思い通りにはいかない。
でもそのイメージは目覚めている時の「現実」よりも、遙かにリアルに感じられるのだ。

 

クリスティーナ・ロセッティは
「見たの フクロウつかまえた夢、青い小さなフクロウ」と衒わず書いている。
「青いフクロウ」と「血のように赤いヒマワリ」。
輪郭も鮮やかに、読み手に差し出される。
『シング・ソング (Sing-Song)』(1872)という童謡集(nursery-rhyme book)の一篇であるから、やさしい言葉で、短くリズミカルに記されている。

 

クリスティーナ・ロセッティは1830年生まれ、
エミリ・ディキンソンと同年生まれだ。2人の女性詩人はよく比較される。
女性ならではの似通った感性も見受けられるだろう。
やさしい言葉で身近なものごとを歌う。空や小鳥や風や草花を歌う。

 

また2人とも自分の死や死後の詩をいくつも書いている。
超越的なもの、この世ならぬものを強く求めていたのだ。
その上、クリスティーナも籠もりがちな人生を送った。
アメリカにディキンソンがいて、イギリスにC・ロセッティがいる。
互いに互いの存在をまったく知らず。
それぞれ自己の内面に灯をともし、一人詩を書いていた。

 

私がロセッティを好きなところは、色彩鮮やかなこと。
「青いフクロウ」「赤いヒマワリ」にもあるように、
金の鳥籠のベニヒワ、緑の丘の黄水仙、アネモネの輪冠、
真っ赤な薔薇、白い卵やミルク、そして色とりどりの果実。
『シング・ソング』は子供の童謡集であるから、こういったモチーフが頻繁に現われる。もちろんピンク色の頬のかわいい赤ん坊も登場する。

 

ヴェネツィア絵画のような色彩感だ。
むしろ詩人・画家である兄ダンテ・ゲイブリエルが興した
イギリス画壇の変革運動「ラファエル前派的」と呼ぶべきだろうか。

 

もう一つ好きな点は、クリスティーナの異界への感覚だ。
彼女の代表作「ゴブリン・マーケット」は妖精物語詩である。
悪い妖精・ゴブリンの群れが、誘惑のくだものをある姉妹に買わせようとする。
その果実のみずみずしく官能的なこと!
邪悪でグロテスクで煌びやかな韻律には、彼女ならではの個性と歌が響いて惹きつけられる。ゴブリンと姉妹の対決も緊迫感がある。

 

(ところで一説によれば、妖精物語詩「ゴブリン・マーケット」(1862)は「不思議の国のアリス」(1865)にも影響を与えているという。ロセッティ家とルイス・キャロルは交友関係があったのだ。彼はロセッティ家の家族写真も撮影している。)

 

 

©Megumi Moriyama
©Megumi Moriyama

 

 

ロセッティ家の父ガブリエーレは、イタリアの革命家であったが、イギリスへ政治亡命。
ロンドンではダンテなどの文学研究者として大学で教鞭をとっている。
母フランセスもイタリア人政治亡命者と、イギリス女性の間に生まれている。
この母が知的で教育熱心でたいへん宗教的であった。その影響でロセッティ家の娘たちは敬虔なキリスト信徒となり、姉マリアは修道女になっている。

 

1830年代当時のイギリスで起きていた、「オックスフォード運動」と呼ばれる
イギリス国教内の信仰復興運動にかなり啓発されていたようである。
クリスティーナは、多くの宗教詩を書き残している。

 

T・S・エリオットは、前回ご紹介したG・ハーバートと彼女を比較して
「感情において近い」としながらも、「情緒の狭さ」と「知性の欠如」を批判している。
知性の塊のエリオットには、少々噛み応えが足りないかも知れない。

 

作家ヴァージニア・ウルフも『日記』の中で、クリスティーナの厭世的態度や、
「キリスト教の教義に仕えるものにしようとして」、詩が「やせ細ってしまった」と疑問を呈している。

 

超越的なものへ向かう信仰心と、芸術的創造は時に烈しい相克を生むが、
確かにそれを少し早く手放してしまったかもしれない。そうも思う。

 

またクリスティーナの詩は、時としてあまりにメランコリックでもの悲しい。
心身ともに弱かった為だろうか。
小鳥は死に、花は枯れ凋れる。
春は過ぎ、冬の寒さが訪れる。恋は死に、愛する人は去って行く。
悲観に過ぎるように感じられるのだ。

 

それでも彼女はヴィクトリア朝時代最高の女性詩人として、今も愛されている。
『ゴブリン・マーケット』のような、「青いフクロウ」のような、
幻想的想像力は、特異な輝きを放つ。

 

ところで、ロセッティ兄妹の詩は日本にも早くから紹介されている。
1905年(明治38年)、上田敏訳の『海潮音』に「花の教」が訳出されている。
彼女の死から10年も経っていないのだ。明治の文豪たちの溢れる知的好奇心。

 

西條八十が訳した「風」(1921)も、童謡として広く知られる。

 

 

 

「風」      クリスティーナ・ロセッティ (西條八十訳)

 

 

誰が風を見たでしょう?

ぼくもあなたも見やしない、

けれど木の葉をふるわせて

風は通りぬけてゆく。

 

誰が風を見たでしょう?

ぼくもあなたも見やしない、

けれど樹立ちが頭をさげて

風は通りすぎてゆく。

 

(『シング・ソング』より)

 

風薫る5月の風に、なんとふさわしいのだろう。

みどりの風が神秘性を湛えやさしく心に届く。

 

「風」という目に見えないものを 描くとき、

彼女の心には超越的なものへの信仰があったはずである。

「風」は「プネウマ」、つまり「神の息吹」の象徴でもあるのだから。

彼女の心の目には、人には見えないものが必ずや見えていたのだ。

 

 

それでは、次回はクリスティーナの兄、

詩人で画家のダンテ・ゲイブリエル・ロセッティをご紹介したいと思います。

 

 

 

            Christina Rossetti

 

‘I dreamt I caught a little owl    

And the bird was blue -’          

 

‘But you may hunt for ever    

And not find such a one.’            

 

‘I dreamt I set a sunflower,    

And red as blood it grew -’        

 

‘But such a sunflower never    

Bloomed beneath the sun.’  

 

 

 

D・G・ロセッティ「受胎告知」 クリスティーナをモデルにした絵画の一つ
D・G・ロセッティ「受胎告知」 クリスティーナをモデルにした絵画の一つ

【クリスティーナ・ロセッティ(1830-1894)】

19世紀ヴィクトリア朝時代のイギリスを代表する女性詩人。幼い頃から詩作を始める。11才の時に書いた最初の詩を、4人の兄弟姉妹で作ったロセッティ家の家族新聞「今週のあれこれ(The Hodge-Podge or Weekly Efforts)」に載せている。1849年にラファエル前派が創刊した機関誌「萌芽(The Germ)」に、ペンネームで詩を発表するが、ラファエル前派の運動に正式に参加することはなかった。1862年の詩集『ゴブリン・マーケット』で成功を収める。後年は、宗教的作品を書いている。

1980年代のフェミニズム批評の隆盛などにより、更なる評価が進んでいる。

 

 

 

 

【略歴】

森山 恵(もりやま めぐみ)

東京生まれ。
1993年 聖心女子大学大学院 英語英文学修了。
2005年第一詩集『夢の手ざわり』ふらんす堂より上梓。
その他詩集『エフェメール』(ふらんす堂)、『みどりの領分』、『岬ミサ曲』(思潮社)。
淑徳大学池袋エクステンションセンターにて2014年「イギリスの詩を読む」講座担当。
NHK WORLD TV 「HAIKU MASTERS」選者。
翻訳書近刊予定。

森山恵ブログ「poesia poesia」

愛読してきた外国の詩など、これからご紹介していきたいと思います。
どうぞよろしくお願い致します。

 

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