岸本尚毅の吟行日記112016.6.30
俳句実践講座
岸本尚毅さんが指導をされている句会を取材しています。
実践の場で俳句をどうつくるか、大変参考になると思います。
●岸本尚毅作
その草の影なき細さ秋日和
低く来し鴉は墓へ秋日和
秋深し水を祀ればお燈明
秋晴に立ち雲はあり風はなし
年寄りの白き物着し秋日和
てのひらはなまあたたかし野菊晴
●岸本尚毅特選
環八も秋の日和の中にあり 章
しばらくは布団に正坐月がよく 八江
数珠玉や護岸工事の遅々として 紀子
塀低くところどころに野菊かな 朋
柄杓おく音のありけり秋日和 喜代子
●尚毅選
秋晴れや帽子も服も色褪せて 定生
落葉ゆき水泡小さくつづきけり 喜代子
蚊遣焚きつつ寺障子洗ひけり 紀子
長月の高きに鳴ける蝉のをり 章
長雨の上りし日和布団干す しげ子
雲厚くして雨降らぬ昼の虫 定生
秋晴や鼻をたらしてくさめして 章
配らるるお菓子の中に栗のもの 定生
道の辺の大樹の陰や秋の風 紀子
木犀に振り向きたれば笑顔あり しげ子
通るたび色増す柿の実を仰ぐ 定生
秋晴や水の辺にして木陰なる 朋
芋虫のつめたく草によこたはる 紀子
墓原に夕日廻りて野菊かな 定生
寺日向社日蔭や秋の風
秋晴や坂の上なる大鳥居 美緒
風鈴の音の聞こゆる野菊かな 章
秋晴や樹々近ければ葉蔭濃く 紀子
拝殿のただ暗かりし秋の晴 喜代子
●岸本尚毅氏の講評
○花環八も秋の日和の中にあり
この「環八」は道路の環八ですね。これを俳句に詠むのはむずかしいんですけれど、「秋の日和のなかりあり」と、すっぽりと俳句の中におさまったいう感じで すね。環八というと、ひろがりもありますね。東京の山の手よりもやや武蔵野よりを通っている道路なんでしょうけど、排気ガスもあり、その沿線には店や家が あったりして、そういうものが非常に明るい光の中にあるということだと思いました。
○しばらくは布団に正坐月がよく
この「布団」は、あえて「正坐」ということからすると、座布団ではなくて寝る布団ということも言えるわけですね。いいですね。
○落葉ゆき水泡小さくつづきけり
非常に細かい情景を詠んだ句ですね。水の面を落葉がすっと流れていく、そのあとを泡沫が小さく続いていったということなんですけど、「水面」ということばがなくてもゆるやかに流れる水の情景であるということが十分にわかると思います。
○木犀に振り向きたれば笑顔あり
ふっと後ろを振り向いたらだれかの笑顔と目があったということなんでしょうけど、「木犀」という季題が生きていると思います。
○芋虫のつめたく草によこたはる
原句は「よこたふる」とありましたが、自動詞の「よこたはる」にしたほうがいいですね。ちょっとひややかな感じがあって、芋虫が秋の季題ということが効いてるんじゃないかと思います。
○数珠玉や護岸工事の遅々として
わたしの個人的な体験かもしれませんが、護岸工事に限らず、コンクリートで橋げたなどをつくっているのもそうですが、なかなか進まずいつ見ても同じ状態な んですね。私の子供のころに記憶なんですが、そういう工事現場であそんだことがよくあります。コンクリートのものがあって、橋げたとか土管とかブロックと か積んであって、「数珠玉」という季題はそういう風景に非常によく合っている。好きな句です。
○塀低くところどころに野菊かな
あまり整った庭ではなくて「塀の内側」にあまり手入れされていない野菊があるようなやや荒れたような庭がある、そんな風景を思いました。まあ「塀の内側」 でどうしてもなくてはいけない、ということでもないんですが…。「塀低く」ということで、角度とか光とか風の感じだとか、いろんなことの広がりがみえるよ うに思います。
○柄杓おく音のありけり秋日和
この句のいいところは、余計なことを言わず「音のありけり」としたことで、そのかすかなコツという音だけにしぼっところでで、秋日和の広がりも出たのではないかと思います。
●おことわり
このページは、俳句愛好者の作句の勉強の一助とする目的で、岸本尚毅さんが句友諸氏と個人的に行っている句会の様子を紹介させて頂くものです。この句会は 私的な会であり、部外者には一切オープンにされておりません。そのため日付・場所・作者名は非公開です。お問い合わせはご遠慮ください。引用された作品の 著作権は、実在する各作品の作者に帰属しますのでご注意ください。