出発~オルタ・フエゴスからカラファティアへ~2022.4.20
出発~オルタ・フエゴスからカラファティアへ~
〈R〉
最南の町、オルタ・フエゴスにはいつも冷たい風が吹いていた
強風になぶられながら花束を抱いてたたずむ大陸の端
誰から聞いたのだったか
「南もずっと先まで行けば寒くなる」と
初めて知ったときはなんだか不思議な気がして
僕はこの世の秘密をひとつ知ったように思った
この先はもう何もない場所に立ち記憶ばかりが身を飾る星
まだ音にしたことはない君の名を氷のごとく口に含んで
砂浜にならべるランプまだ起きていない難破の死者の分まで
旅人を苛むものは雨そして人生よりもうつくしい歌
コーヒーにラム酒を少しいつの日も正しい側に身を置きたくて
手放したものみな白い鳥となりさらに南へ飛び去る夜明け
僕は北に向かう
少しずつ君に近づいていくために
買ったバスの切符の行き先はカラファティア
荷物だけ先に届けばいい僕が僕のままでは行けない町へ
Distance to you: 20,000km left.
――松野志保
作者略歴
Twitter:@matsuno_shiho
1973年、山梨県生まれ。東京大学文学部卒業。高校在学中より短歌を作り始め、雑誌に投稿。1993年、「月光の会」(福島泰樹主宰)入会。2003年から2015年まで同人誌「Es」に参加。
歌集『モイラの裔』(洋々社)、『Too Young To Die』(風媒社)、『われらの狩りの掟』(ふらんす堂)
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