メザ 砂は積もり、歌い、流れてゆく2022.6.20
メザ 砂は積もり、歌い、流れてゆく
〈R〉
めざめても小雨 夢から持ち出した陶片ひとつ手に握りしめ
砂漠のほとりの町メザにその日、久しぶりの雨が降った
砂丘より吹く午後の風たましいについて語らうときの声音で
遠い人思う時間にくつくつと鍋にて煮出す茶葉とスパイス
雨季ののち渡りくる蝶もういない神が定めた掟を守り
君の言葉が届くのを待つ間
液晶画面にはたくさんの嘆きと怒りが流れていく
そのすべてに目を、心をとめることはできないほどの勢いで
皮膚それは最後の砦 卵液とミルクのようには混ざりあえずに
遠ざかる隊列(夜へ)遠からず消える足跡砂に刻んで
あらがわず風化を待っている神に供えることし最初の葡萄
雨がしみ込んだ砂はたちまち渇き
僕はかつて隊商たちが通った道へと踏み出す
地図のシスマヴィリという地名に印をつけて
君のいる町にも雨を よりかかる一本の樹があるさいわいを
Distance to you: 12,340km left.
――松野志保
作者略歴
Twitter:@matsuno_shiho
1973年、山梨県生まれ。東京大学文学部卒業。高校在学中より短歌を作り始め、雑誌に投稿。1993年、「月光の会」(福島泰樹主宰)入会。2003年から2015年まで同人誌「Es」に参加。
歌集『モイラの裔』(洋々社)、『Too Young To Die』(風媒社)、『われらの狩りの掟』(ふらんす堂)
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