ル・タオ、あるいは多島海の真珠2022.9.20
ル・タオ、あるいは多島海の真珠
〈R〉
彼方にて君が零した美酒少し混じる夕の海のその色
うたたねから目覚めると船は多島海をゆっくりと進んでいた
島の向こうに次の島が その奥にまた別の島が現れる
やがてル・タオという小さな町が僕を迎え入れた
満ちて引く日々を重ねて深くなる海蝕洞に射す月あかり
凪を待つ人の横顔それぞれの真珠を胎に育みながら
引き潮が残す貝殻 楽園と呼ばれる場所でかなしむ者に
島影のひとつひとつに座す神に異なる歌を捧げて舟は
櫂洗う波のささやきここに海終わりあらたな海始まると
楽園にいるというのに 僕は
すでにもう次の場所へと発つことを考え始めている
いつの日か君に手渡す白珊瑚 僕の小指の骨の代わりに
Distance to you: 10,510km left.
――松野志保
作者略歴
Twitter:@matsuno_shiho
1973年、山梨県生まれ。東京大学文学部卒業。高校在学中より短歌を作り始め、雑誌に投稿。1993年、「月光の会」(福島泰樹主宰)入会。2003年から2015年まで同人誌「Es」に参加。
歌集『モイラの裔』(洋々社)、『Too Young To Die』(風媒社)、『われらの狩りの掟』(ふらんす堂)
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