イセンダ *海辺の郷愁2022.8.5
イセンダ *海辺の郷愁
〈J〉
思えば
君の便りからは
旅の土地にまつわる
匂いがする
コーヒー、果実、
茶葉、スパイス、
煮込みすぎた料理の湯気……
気付かぬうちに
君も僕も
あらゆる匂いを
まとっては脱いでいる
真ん中の町で出会うとき
僕らはどんな匂いに
包まれているだろう
***
海沿いの町、イセンダに来た
故郷のポロッサよりも
潮の匂いが濃く感じる
そのなかにある懐かしさ
浜を往き来する鳥も
初めて目にするものが多い
潮風に揺れる花の色
南へと進み続けて
イセンダの町は
まだ夏のなかにある
僕はどの町まで
夏を追いかけてゆけるだろう
こまごまとした洋品店で
男女兼用の黒い日傘を買った
日傘をさして
一人分の影のなか
こめかみを伝う汗の
うっとうしさと、おかしみ
すでに故郷は
涼しい風が渡る頃
あの風が今
少し恋しい
***
海辺で新しい地図を広げると
翅の美しい小さな虫が止まった
そっと指ではらうと
マヤコリーという地名があらわれた
Distance to you: 12,500km left.
――そらしといろ
作者略歴
Twitter:@cv1016 ブログ:citron voice
1988年生まれ、埼玉県出身。2013年、思潮社より刊行した第一詩集『フラット』(思潮社)で、第24回歴程新鋭賞を受賞。心が萌えたときの感覚を言葉で掴もうとしている。詩集『暁を踏み割って行く』(ふらんす堂)、『もうずっと静かな嵐だ』(ふらんす堂)
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