タナシェ やさしい死の傍らに2022.12.25
タナシェ やさしい死の傍らに
〈R〉
2つの丘にまたがって広がるタナシェ
ひとつの丘には生者のための街があり
もうひとつの丘には墓地がある
新しい墓に金雀枝また少し死者が領土を広げる真昼
流れゆく川のおもてに赤い花 彼方で拾う手を思いつつ
もういない人が植えた樹その下で飽かず少年たちの缶蹴り
君から受け取ったものであるかのように
陽だまりの色のオレンジをてのひらにのせて街をさまよう
ここでは死者はとても近しくて
住人は日々、その存在を感じながら暮らしている
だから訪れた者もかつて別れた人たちの気配を探してしまうのだ
軒下に一脚の椅子還り来る死者がひととき腰かけてゆく
町を出る門の傍に石の卓こころはそこに置いてゆけよと
よるべなき者たちのため町はずれ夜ごと誰かが点す角灯
おそらくはたくさんのものを後ろに引きずりながら
僕は少しずつ君へと近づいていく
オリーブの実が熟す頃 詩の中で殺した者はまた蘇る
Distance to you: 2,270km left.
――松野志保
作者略歴
Twitter:@matsuno_shiho
1973年、山梨県生まれ。東京大学文学部卒業。高校在学中より短歌を作り始め、雑誌に投稿。1993年、「月光の会」(福島泰樹主宰)入会。2003年から2015年まで同人誌「Es」に参加。
歌集『モイラの裔』(洋々社)、『Too Young To Die』(風媒社)、『われらの狩りの掟』(ふらんす堂)
無断転載・複製禁止
- 遠くで誰かを思うということ
- *僕は、君は、灯台となって
- ジャミノフ ふたつの曲線が交わる場所
- ジャミノフ *言葉は、祈りは、遠くへと
- オダリヲン 誰かが残した
- ルツ *雪のない冬の町
- タナシェ やさしい死の傍らに
- タオーキ *オレンジ味の幸せな時間
- タオリーザの星見の丘で
- マングナカーン *温もりの記憶
- ウダマヤは祭りの中
- シカザキワ *境界の香り
- ル・タオ、あるいは多島海の真珠
- マヤコリー *饒舌な美酒
- ククルム、鉄路の響き
- イセンダ *海辺の郷愁
- シスマヴィリ~ 緑なす谷に手を差しのべて
- オーザ *時を作り出す指先
- メザ 砂は積もり、歌い、流れてゆく
- ノトー *浅い眠り、精霊の森
- カラファティア~メザ 夢で見たのと同じ広場で
- サロキヒ~ホタニカキア *風に結ばれてゆく
- 出発~オルタ・フエゴスからカラファティアへ~
- 出発~ポロッサからサロキヒへ~