ククルム、鉄路の響き2022.8.20
ククルム、鉄路の響き
〈R〉
この午後は白いかもめとなり海を眺める君の視界を過ぎる
大陸横断鉄道の切符を売ってくれた駅員は「すぐに飽きる」と言って笑った
一日が過ぎ、二日たっても、窓の外にはひたすら平原が広がっていた
まっすぐに鉄路は西へかつて火が舐めた大地の夏を貫き
されどまた響く草笛ゆうぐれのひともまばらな一両の中
魂に連れ添う身体 車窓には言葉ほろびた野が延々と
傷を縫いあわせるようにあるときは傷そのもののように線路は
夜、眠りから覚めると小さな駅に停まっていた
かすれた駅名表示は「ククルム」
プラットホームの反対側に停車中の列車も乗客は数少なく
ふいにその中のひとりと目があった
ぐに列車は音をたてて走り出し、まなざしは後方の闇に溶けていった
真夜中に液晶画面点しひとり座す車両の椅子のかたさを綴る
かたわらにまぼろしの君うしろから朝が列車に追いつくまでは
ミネラルウォーター飲み干す前に曖昧な地平から曖昧な朝日が
Distance to you: 12,890km left.
――松野志保
作者略歴
Twitter:@matsuno_shiho
1973年、山梨県生まれ。東京大学文学部卒業。高校在学中より短歌を作り始め、雑誌に投稿。1993年、「月光の会」(福島泰樹主宰)入会。2003年から2015年まで同人誌「Es」に参加。
歌集『モイラの裔』(洋々社)、『Too Young To Die』(風媒社)、『われらの狩りの掟』(ふらんす堂)
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