シスマヴィリ~ 緑なす谷に手を差しのべて2022.7.21
シスマヴィリ~ 緑なす谷に手を差しのべて
〈R〉
君の手の時計で遠く刻まれる僕の時間を思うはつなつ
風に舞う手紙、パラソル、紙の舟 容れて深まる谷の緑は
「渓谷のシスマヴィリはどんな過去のある者も受け容れる」
そう聞いた僕は、町にいる間、自分もいかにも訳ありといった顔をしていた
亡命者食堂 長く煮込まれて形失せつつある鍋の中
居続ける人といずれは去る人のカップに甘いお茶なみなみと
赤裸々な過去を聞きつつその顔は暗くて見えぬ停電の夜
明日は谷を出て港に向かう
そして、いちばん遠くまで行く船に乗ろうと思う
過ぎてゆく風の行方を問いながら自転車 長い長い下り坂
あり余る余白がほしい数式と君の名前を書き込むための
Distance to you: 14,120km left.
――松野志保
作者略歴
Twitter:@matsuno_shiho
1973年、山梨県生まれ。東京大学文学部卒業。高校在学中より短歌を作り始め、雑誌に投稿。1993年、「月光の会」(福島泰樹主宰)入会。2003年から2015年まで同人誌「Es」に参加。
歌集『モイラの裔』(洋々社)、『Too Young To Die』(風媒社)、『われらの狩りの掟』(ふらんす堂)
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