声 村上鞆彦2010.7.4

 

七月の刃物沈めし山の水

(『草影』)

 生前の桂信子さんを、私はただ一度だけお見かけしたことがある。
 平成十五年十月五日、大阪駅の近くの新阪急ホテルで私の所属する「南風」の創立七十周年を祝う会が催されたのだが、そこに来賓としてお越しいただいたのである。
 スピーチをするために壇上に立たれた桂信子さんは、杖を握ってはいたものの、背筋をぴんと伸ばし、よく通るはっきりとした声で次のように切り出された。
「私はこのホテルの一室に住んでおりますので、今日は部屋を出て、エレベーターで降りてきたら、そこがこの会場だったという、まことに便利な次第で……」
 ほかに何を話されたかはすっかり忘れてしまったが、この「ホテル住まい」のくだりと健やかで凛としたところのある声の調子とは、今でもよく覚えている。
 その声を思い起こしながら、『全句集』のページを繰っていて、目にとまったのが掲出の一句。
 七月頃の山というと、全体が茂った緑に覆われて、まさに「山滴る」といった青々とした光景が思い浮かぶ。その木々の間を流れ下る渓流に、刃物が沈めてある。キャンプの調理で使うものか、もしくは山仕事の道具でもあろうか。いずれにせよ刃物のきらりと光る涼やかな感じと山の水の清冽さとが照応し、それを七月の山の緑一色の色彩感が大きく包んでいる。
 この印象鮮明な世界に、私は桂信子さんの声を聞いた気がした。「よく通るはっきりとした声」であり、「健やかで凛としたところのある声」である。もちろんこの一句だけというのではなく、『全句集』を開くと随所にこの声を聞く思いがする。
 ただ一度お見かけし、スピーチを聞いただけであるが、桂信子さんの声は不思議と生き生きとして、今でも私の耳に残っている。


[著者略歴]

 

村上鞆彦 Tomohiko MURAKAMI

 

1979年、大分県生まれ。
鷲谷七菜子、山上樹実雄に師事。
「南風」同人、俳人協会会員。

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