蟇 杉浦圭祐2010.6.20

 

ひきがえる闇のつづきの山負うて

(『新緑』)

 蟇は地にへばりつくような姿勢で鈍重に動き、何かを背負うのに相応しい体型をしている。
 ここでは「闇」に続く「山」を背負っている。実際にはそんなことはあり得ないし、「蟇」「闇」「山」三者の位置関係を具体的に説明することも難しい。しかし説得力のある句だ。繰り返し読む度に「蟇」が荘重で偉大に思えてくる。
 これは「那智 五句」と前書きのあるうちの最後の句だ。こう書かれていなくても一読で「熊野」を思い浮かべた。「闇」といっても蟇の存在を感じることができるし、山と夜空の境がわかる。紛れもなく熊野の闇だ。「山」は一つの山ではなく、重畳たる山々である。また、終止形ではなく「負うて」で終えているため句が広がりを持ち、情景が山で終わらず、黄泉の国かどこか、現実を離れた場所にまで繋がっているように思える。
 「蟇」一匹を詠むことで独特な場のイメージを喚起させるのは凄いことだ。鋭く蟇を凝視し、その対象越しに土地の本質を掴もうとした桂信子の眼差しが目に浮かぶ。
 掲句は昭和四十八年の作。桂信子五十八歳。全句集収録の年譜を見れば「『草苑』夏季勉強会を那智山にて行なう」とある。同年は「草苑」三周年記念大会開催、そして四月に、行動を共にすることが多かった母を亡くしている。その四ヵ月後に作られた句なのだ。
 また、巻末の「全句季語別俳句索引」で「蟇」の箇所を開くと十六句もあった。桂信子にこのグロテスクな生物を詠んだ句がこんなにあるのは意外だった。同ページの〈草の根の蛇の眠りにとどきけり〉という比較的有名な句がある「蛇」でも七句なのに、その倍以上もあるのだ。掲句以降、亡くなる前年の〈ひきがえる祖母のいつしか坐りゐる〉〈どのやうなことにならうと蟇〉(「草苑」二〇〇三年九月)まで、折に触れて「蟇」の句を作っている。
 この生き物は桂信子にとってどのような存在だったのだろう。


[著者略歴]

 

杉浦圭祐 Keisuke SUGIURA

 

1968年、和歌山県新宮市に生まれる。
1994年、中上健次主宰「熊野大学俳句部」で俳句と出会い、「草苑」に入会。
1997年、「草苑」同人。
2001年、第19回「現代俳句新人賞」受賞。
「草樹」「quatre」所属。

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