決意の一句 金原知典2010.10.3

 

手袋に五指を分ちて意を決す

(「晩春」)

 桂信子の全句集を通して読むと、どうしても若き信子の身に起こった余りの不幸とその後の人生について考えてしまう。初期の二つの句集、「月光抄」と「女身」には、二十代前半で結婚し、僅か二年で寡婦となったことの哀しみと憂い、更には行き場の無い情念と言ったものが、赤裸々に表された句がある。「りんご掌にこの情念を如何せむ」「春灯のもと愕然と孤独なる」「死にたけれ静かにて花満ちたれば」「何すべく生き来しわれか薪割る」。無論こう言った句ばかりではないのだが、二十代後半から三十代の終わりまでの信子の句は、自分の内面や日常を描写した句が多い。女性としての優しい豊かな情を持つ彼女にとって、夫を失い、一人で生きて行かなければならなくなったことの辛さが如何に大きかったかが良く分かる。然しこの時期に、彼女はこう言った句を作ることによって、不幸な自分を冷静に見つめるもう一人の自分を見出していたのである。
 掲句は、そう言う時期を経て、四十代に入った信子が、師であった日野草城の死の直後に作った句だ。手袋を嵌めると指は互いに直接触れ合うことが出来なくなる。それは、家の中から外に向かって出て行く為の行為である。この句には、信子のこれまでの内向きの自己との決別の意志が表れている。この句の後、彼女の句に自分の個人的な嘆きを直接的に表した句は殆ど見られなくなる。そして、それまで自分自身を見つめて来た目を外に向け、この世の真実を句にしようとする様になる。孤独から逃れることは出来ないが、外の世界をも深く見て句を作り続けることによって、信子は孤独に打ち勝つことが出来たのだ。全句集を読み続けると、最晩年に至るまで、如何なる時もその時に作ることの出来る句を一心に作り続ける信子の姿に、深い感銘を受ける。私は、信子の次の様な晩年の句が好きだ。
  傷舐むる獣もあらむ山の月
  数へ日や一日づつの珠の晴


[著者略歴]

 

金原知典  Tomonori KIMBARA

 

昭和37年 東京生れ
平成10年 「屋根」入会
平成13年 「屋根」新人賞受賞
平成22年 第1句集『白色』にて俳人協会新人賞受賞
現在 「屋根」同人 俳人協会会員

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