童女 対中いずみ2010.4.18

 

雪たのしわれにたてがみあればなほ

(『草影』)

 桂信子全句集は、ほぼ70年の句業が網羅されている。とりわけありがたいのは、巻末の全句季語別俳句索引だ。「雪」の項には77句が掲載されている。雪 の句は〈むらさきの帛紗ひろげぬ雪日和〉(『月光』所収。昭和21年)という温雅な作品から始まっている。掲句は、75番目。第10句集『草影』所収。平 成9年、信子82歳の作である。
 たてがみは、男性性・戦闘能力・勇気などを象徴する。ライオンがいちばん浮かびやすいが、馬や麒麟にもある。雪が降れば愉しい、私にたてがみがあればもっと愉しい、という。この童心にも似た自在さには感嘆するほかない。
 句姿からは、橋本多佳子の〈雪はげし抱かれて息の詰まりしこと〉が思われる。けれど、句の生まれてくる場所は全く違う。多佳子句の華麗なナルシシズムとは一線を画して、こちらはきかん気な童女のようだ。多佳子句は過去を見ているが、信子は未来を見つめている。
 掲句や平成8年作の〈青空や花は咲くことのみ思ひ〉などを見ると、やはり桂信子という作家の本質は、凛とした向日性なのだと思う。もちろん人の世の孤独や闇も充分に知っておられただろうが、それでもなお身に備わった素直さは、光へ光へと蔓を伸ばす。
 平成9年には〈ダイアナの死やかなぶんの一直線〉〈ネグリジェの裾ひらひらとクリスマス〉などもある。前者のスピード感、後者の可愛らしさ。肉体は充分に老いを迎えていただろうが、その精神は新しく、健やかだ。
 雪の日に、欲しかったのは、たてがみ。それは自由への跳躍力だったかもしれない。


[著者略歴]

 

対中いずみ Izumi TAINAKA

 

1956年1月1日、大阪市生まれ。
2000年「ゆう」入会、田中裕明に師事。
2004年第4回ゆう俳句賞受賞。
2005年「ゆう」終刊、第20回俳句研究賞受賞、句集『冬菫』上梓。
「椋」「晨」「静かな場所」同人。

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