水に添って 柴田美佐2010.8.22

 

水底に動かぬ石や秋の立つ

(『草影』)

 信子は今、清冽な流れを見ている。澄みを増した速い流れの底に踏ん張って動かない石がひとつ。その石に目を留めている。秋風が立ち始めた。流れゆく水は信子そのものであり、石もまた信子自身である。
 信子の作品を読み返してみると、水辺を詠んだ作品がさりげなく繰り返し現れることに気づく。第六句集『緑夜』の巻末にはエッセイ「川の流れ」が収載されている。生れた育った大阪、東区八軒家あたりの町のようすや父と釣りをして遊んだ思い出の情景が描かれ、「ことに私は、水の流れをじっと見ていることが好きであった」とある。「私の心のうちを流れる水は、私を遠い昔に運んでくれる。これからも、私はたぶん水に添って、歩いてゆくだろう」。水は信子の心の芯だ。
 「『激浪』ノート」を読んだ。山口誓子の『激浪』を筆写しつつ読み、その感想をまとめた信子三十一歳の労作である。信子は「平易な語句、簡単な用語、しかも私は、その中に氏のはげしい詩精神を見ることが出来た」という。その緻密な分析研究と的確な鑑賞に圧倒されると共に、よい作品には素直に感動し、そうでないものについては「奇異な思いがした」「月並みだ」と述べる率直さと強い信念に驚いた。信子はこのとき作句上の動かぬ石のひとつを得たとも言えるだろう。
 平成四年の村上護氏との対談で俳句の本質について「結局は空気とか水とかに近くなっていくのではないでしょうか。強いことばで表現したものよりも、普通のことばで表現して何かを書く方がいい」と語る。

 

 水は自然の営みにしたがって柔軟にひたすらに流れていく。時に激しく早く、時にゆるやかに。水は長い年月をかけて滋味をたたえ、季節の風との一期一会を大切に記憶にとどめた。水のように生き、水のような作品をつくろうと信子は決心して、それは生涯揺るがなかった。掲出句は「草影」所収。平成十年(八十三歳)の作。


[著者略歴]

 

柴田美佐 Misa SHIBATA

 

1963年 東京都生まれ。
1989年 「雲母」入会。 終刊後、1993年 「白露」入会。
2004年 句集「榠りん」上梓
2006年 第十二回白露賞受賞

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