令和6年度俳人協会四賞の授与式2024.3.18
それぞれの方の受賞のご挨拶を抜粋となるが紹介をしたい。
十年一昔と申しますけれど、こうして大勢の皆さま方の前でお話をさせていただくのは、実に三十年以上の前のこと以来となります。今回の句集は「泉」時代のものが大半です。この場をかりまして、藤本美和子さまをはじめ「泉」の皆さまに深く感謝をささげます。石田勝彦先生は初心の私に向こう三年間『風切』以外は読むなとお命じになりました。私の句集に、や、かな、けりが多いのは申すまでもありません。勝彦先生はつねづね「俳句は季語と調べ」だとおっしゃっておりました。この機会にあらためて「や、かな、けり」の句づくりに光りが当たることを願ってやみません。もう一人の恩師・綾部仁喜先生は「俳句の本質は沈黙だ」と申されました。そして、写生ということの、また切字ということの深い意味を教えてくださいました。「俳句でものを言うな」と。綾部先生のお教えを幸いに私のご挨拶とさせていただきます。
思い出を一つお話します。わたしの母親が脳梗塞で倒れました。倒れて救急車で病院に行ったんです。そこの院長は水原春郎先生でした。わたしは挨拶に行くのを最初はこばんだのですが、妻に叱られていきました。数日後に婦長さんがやって来られて、「橋本さん、水原春郎先生とはどういうご関係ですか」と尋ねるのです。「知ってるだけです」と言うと、「いやそれだけではないでしょう。春郎先生は毎朝病院に来るとあなたのお母さんの部屋をたずねられます。そして元気かどうかを確認して検査のときは必ずついていく。普通は院長のやることではないです。担当医師がやることです。どういう関係ですか」「いや、ただの人間関係です」と言ったのですが、そこでわたしは学びました。春郎先生のあたたかさを。ですからわたしにとって春郎先生は人間性において大切な先生です。その先生がいなければ、いまわたしはこの壇上にはいないと思います。春郎先生がいたおかげで「馬醉木」という結社で自由に活動し自由に俳句をつくれたのだと感謝しております。そしてもう一人の恩師は黒田杏子さんですが、それはまた別のときにお話をしたいと思います。
「有季定型という枠が実は無限の魔法の枠であることを知らしめてくれた」という選者・野中亮介さんの大変嬉しいお言葉を頂戴して、今後の励みにしたいと思います。句集『膚』出版したあとに、山形の高校生を教える機会をもちました。山形に行ったりリモートだったりで選句をしております。それからもう一つはNHKのカルチューセンターでひとつ講座を持つことになり、教えるという機会を二つもたせてもらうことになりました。あらためてそこで感じたことは、俳句というのは、教えまた教えられるものなんだなあということです。それはもともとの学生時代に参加していた句会でさまざまな選や評を受けていたということも思い起こされることであり、そこでは詠むだけでなく、参加していた句会の人たちから「学ぶ」というのではなくて「教わる」という経験をしていたんだなと思いました。またそれは俳句をしている人だけに限って教わるというのでなしに、例えば『膚』の中には、藍染めを広島県まで見に行ったときの句も入れております。あるいは但馬のある猟師さん夫婦のところに行って漁を見学させて貰ったり、そんな時の句もあります。そういう現場にできるだけ触れてそこで教わるということによって得た俳句が、今回の『膚』において、あたらしいものになっていれば幸いです。
受賞のお知らせをいただいたときに、私はこの賞は、いろいろのインタビューでご協力いただいた抑留体験者の方や引き揚げ体験者の方のご遺族とともにいただいた賞であると思いました。62歳で他界した父の抑留体験を調べることからはじまって、その過酷な現実に大変驚きを感じました。戦争体験者の方が次々と亡くなっていくなかで戦争をしらない私が、どこまで書けるんだろうかという疑問を最初に自分に問いかけました。ゆえに当時のことを少しでも知っている人に会いたいと思いました。そして連絡をとりましたところ、皆さんわたしの声に傾け御協力をいただきました。多くの方の協力によってこの本が出来上がりましたことに感慨を深くしております。もう一つ、わたしがこの本を書くにあたり私を牽引した動機があります。以前に働いていた職場で会った障害者のかたが「おれは散歩のとき杖の先に死に場所をさがしている」とおっしゃったことがありました。障害者の方の何かの助けになればとサークルづくりをしました。三年後、まとめた合同句集のエッセイにその方が「今は散歩のときに、杖に佇み俳句を考えている」と書かれていました。わたしはこのエピソードに人を救える力を感じました。このときの手応えが俳句の力について考える大きな動機となりました。この度の受賞を機に、ソ連抑留俳句や、満州引き揚げ俳句をふり返って下さる方がふえ、この本が平和を維持するということについて考えるきっかけになればと思っております。
『膚』受賞の二次会で。
(櫂未知子氏・岩田さん・佐藤郁良氏)