「雛創刊10周年」のお祝いの会2025.5.26
2025年5月26日、目黒の雅叙園で午後4時よりおこなわれた俳誌「雛」(福神規子主宰)の「雛創刊10周年」のお祝いの会を紹介したい。
来賓の方は福神規子主宰の親しい方を中心にお招きされ、会員の方々と心をかよわせつつ、なごやかな素敵な会であった。
この日をワクワクして待っておりました。本日は、会員の皆さま方は、北は北海道から新潟、名古屋、愛知、福島、淡路島、鹿児島とさまざまなところから駆けつけてくれました。なかなかこのように皆であつまる機会もございません。百号記念のときに令和5年の10月でしたでしょうか、会員だけで集まってはおりますので、それ以来のお祝いの会です。令和5年に100号をむかえましたが、その1年前1の2月でしたか、「若葉」が終刊になり、「若葉」より大勢の方が徐々に「雛」に入会をされました。そして、まずは会員同士の輪はかろうということで100号記念の時には、来賓の皆さまにはお声掛けをしませんでした。そのような次第で来賓の皆さま方にはお声かけするのは始めてでございますのでいき届かない点とか、準備不足などが多々あるかと思いますが、どうぞお許しいただきますようにお願い申し上げます。この会のために、会員が1年の間に毎月集まり意見をだしあったりして準備をしていったのですが、その一年間に、みんなの心が1つの目的に向かって繋がっていく。そんな思いがあって、その日はかけがえもない日々だったということを、今とても実感しております。この集まるということは、俳句も同じではないかと思うんですね。俳句は、連衆の文芸、または座の文芸と申しましょうか、集まってこそのものだと思いますので、やはり顔を合わせるということはとても大事なことだなと思いました。ただ、私どもは、コロナ禍を経てまいりましたので、コロナの間はオンラインですとかメールたですとかそういうものに頼って、それによって俳句が途絶えずにつながっていたことも事実でございますし、それは多いに助けられたことでした。みんながこうして集まって 場を 1つにして、お互いの目を見つめ合って、そして句会をするということは、一番の幸せ、心が通じ合うということになるかと思います。わたくしどもは、「雛」が始まった創刊の時から高浜虚子を師系とし潤いのある花鳥諷詠誌を目指しております。それは一貫して変わることはございません。ただ最近おもいますのは、高みを目指すものにとっても、あるいは俳句を楽しんで趣味でいいというものにとってもそれぞれみんなにとって、居心地の良い場所であること、それがまず第一だなということを、やはりコロナ禍を経験したからこそとも思います。ですので、まずそれが出来ているかどうか私は自信はありませんけれど、そこからスタートしたいなと言うことで、わたくしどもは同人制を設けておりません。同人制があったほうがいいということもあるかと思うんですが、まず同じ土台に立って学びたいという、そこからスタートしているところでございます。昨今の国内外の情勢を見ますととても厳しいものがございます。社会的にも経済的にもお米もこんなに高くなりますしね。戦争もあり、温暖化もあり、人災天災もございますね。そんな現実の中に、私共は生きているわけでございますが、俳句があることによって、その中で溺れず一喜一愁をせず、そしてなんでしょう、俳句に心を解きつことによって、何か救いがあり、勇気をもらい、生きてけるような気がいたします。ですから俳句をずっと続けていくこと、俳句がずっとそばに寄り添ってくれるわけですから人生を 2度楽しめるかなというような気持ちも致します。この俳句を通して、こうしてお集まりいただきました皆さまとこうして場をともにすること、そして皆さまの心に何か残るものがあったり、または今日楽しかっと言っていただけるような場面がございましたらうれしゅうございます。
来賓の方々と記念撮影。
(ふらんす堂「編集日記」205/5/27より抜粋/Yamaoka Kimiko)