対岸俳句会
30周年記念会2016.10.30

 

「対岸俳句会30周年記念会」について少し紹介したい。

 

対岸30周年記念会

 
 
椿山荘の華やかなシャンデリア。
 
 
まず今瀬剛一主宰のご挨拶からはじまった。

 

対岸30周年記念会

ご挨拶をされる今瀬剛一主宰。

 

 

お忙しいところ足をお運び下さって有難うございます。対岸が30周年を迎えたというのですけれども私はまったく実感が湧かないんです。創刊したのはついこの間という掛け値なしの思いです。でも考えてみると確かに30年経ったんですね。あのとき、本当に何もない出発でした。お金はない、暇はない、ないないづくしの出発で、ただわたしには俳句にかかわるたくさんの人がいたんです。この人たちを作家に育てなくちゃならない、という一つの使命感のようなものがあったのです。それからもう一つは私自身多作なので、多作を発表する機会を得たいということ、それから若かったその当時主張をたくさん持ってました。そういう主張をする機会を得たい、そういう思いをもって「対岸」を創刊したわけでございます。
その創刊号をいだいた時の気持は、本当にわたしの分身をいだいたような気持でした。創刊号を能村(登四郎)先生のところにさっそく持って行ったんです。車で能村先生の市川を訪ねました。先生はちょうどおられて、「対岸」を見ながら「良かったねえ、何人来たの」「176名です。」「おお凄いじゃない、沖は88人からの出発だよ。その倍だよ」しかし、そのあとがいけない。「もっといい印刷屋さんないの?」こうおっしゃったのが印象的でした。本当にそうなんです。知り合いの印刷屋さんが手を真っ黒にして一所懸命印刷してくれた、そういう雑誌でございました。しかし、今日こうやってたくさんのお客さんをお招きして会ができるようになったのは皆さんのおかげです。
わたしは出合いに恵まれていたという思うんです。まず第一に、高等学校に入って、茨城県の水戸一高という高校なんですが、そこへ入りまして滝豊先生にお会いしました。この方はホトトギスの俳人で立派な作家でした。この先生に俳句というものを教わりました。嬉しかったです。そのご縁によって山口青邨先生に出合いました。青邨先生には、俳句は楽しいなあということを教えていただきました。この二人の先生によって続けてきたわけです。そして能村先生に出会う、能村先生に出会って私が感じたことは、俳句は男一生をかけてするに足る仕事である、ということ。先生が目をぎらぎらと輝かせて俳句の話しをする、それに引きつけられて私も俳句の魅力に取付かれていったのです。そんな気がします。しかし、考えてみますとこの方たちはもう亡くなってしまったんです。亡くなった方にわたしはここで心から感謝の意を表したいと、そんな風に思うわけです。30周年迎えましたよ、と真っ先に言いたい、お世話になった方々です。
それからそ俳壇の仲間ですね。今日はこうやってたくさんの方々にいらしていただきました。いろんな会で俳句のお話をして刺戟を受けました。それで今の私があると思っております。今日いらしている星野椿さんは、昨日ですよ、電話があって「あのね時間できたから出席していい?」有難いですよねえ、時間ができたから行っていい?って駆けつけてくれる、こういう仲間。そして皆さん、そういう方々に支えられて今日がある、そんな風に思ってます。
それから「対岸」の仲間です。これもあまり身内を褒めるのはなんですけれども、皆さんの前で一言だけ自慢できるのは、対岸という雑誌は遅刊は一回もありません。欠刊ももちろんありません。毎月月末に発行されて月の始めには届くという、これは私の自慢できるところです。それから今日のこの会については、わたし何もやらないんです。わたしがやったのはここに来て挨拶するだけです。みんな対岸の仲間が献身的にやってくれている。こういうですね、亡くなられた先生方、俳壇の仲間たち、そして対岸の皆さん、こういう方に支えられて、あやうく歩いております今瀬剛一でございます。どうぞ今後ともよろしくお願いしたいと思います。
夕べ寝ながら私考えました。これからやることいっぱいあるなあ、なかなか眠れなかったです。10、20、どんどん頭の中にこんなことやりたい、あんなことやりたいと考えが上がってくるんですね。たとえば、ひとつ言うと私は創刊号で能村先生が言ってくれた「俳よりも詩へ」という言葉、これをずうっと実行してきているつもりです。それがまだ入口です。これ完成しなくちゃならない、もっともっと深めたい、と思っております。それから東京の仲間といま芭蕉を読んでいます。三冊子を読み、去来抄を読み、そしてこれから書簡を読もうとしておりますが、この芭蕉の言っていることを現代俳句に活かしたい、こんな風に思っているんです。今後やっていきたいことです。更に言えば、私は俳句が大好き大好きでしようがないんです。この俳句を私たちの世代で終らしてはいけない、若い人に継承したい、そういう熱い思いを持ってます。そうすることが、これからの俳句の行く末を思うことでありお世話になった方々へのお礼の意味になると思っております。
今日はありがとうございました。

 

対岸30周年記念会

 

お孫さんより花束を贈呈された今瀬主宰。
お孫さんは、ご子息で俳人の今瀬一博さんのご息女である。
 
 
今瀬剛一主宰、
そして「対岸」の皆さま、
 
「対岸」30周年、おめでとうございます。
心よりお祝いをもうしあげます。
 
 
この30周年を記念してふらんす堂より今瀬剛一エッセイ集『水戸だより』が刊行された。
 
 
対岸30周年記念会
 
 
「対岸」に連載されたエッセイ51篇を収録したものである。
 
読みやすく、今瀬主宰がただ真面目だけでなく結構ずっこけていて面白いお方であると判明。
 
なにゆえ51篇かというと、「51(ゴーイチ)、すなわち、剛一」ということ。
 
「剛一」という名前についての複雑な心境なども吐露されていて興味ぶかい。
 
(ふらんす堂「編集日記」2016/10/31より抜粋/Yamaoka Kimiko)
 
 

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