俳人協会四賞授賞式2026.3.28

 

3月28日(土)に行われた俳人協会主催の俳人協会賞の授賞式の様子を紹介したい。

 

 

本年度の俳人協四賞は以下のとおりである。
第65回俳人協会賞     藺草慶子句集『雪日』
第40回俳人協会新人賞   遠藤容代句集『明日の鞄』 
             庄田ひろふみ句集『聖河』
第40回俳人協会評論賞   福井拓也著『久保田万太郎とジャンルの諸相』
第40回俳人協会評論新人賞 池田瑠那著『境目に立つ、異界に坐す-犀星・楸邨・泰の世界』
 
 
それぞれ授賞された方々のスピーチをご紹介したい。

 

ご挨拶をされる藺草慶子さん。
この度は俳人協会賞というとても大きな賞を賜り、とても光栄に思っております。
今までお世話になった方々、そして選考委員の先生方、ありがとうございました。
そして、会場に来てくれている私の家族と亡き父にも感謝を伝えたいと思います。
さっき、西村先生が触れてくださいましたけれども、今回の句集を作っている時期と、自注句集を編んでいる時期が重なったんですね。
そのことで私の44年に亘る青邨門に入ってからの歩みを振り返る機会があり、改めて、いかに自分の俳縁が恵まれたものだったのか、どんなにたくさんの人のお世話になったのかということを振り返ることができて、感謝の思いで胸がいっぱいになりました。
そして自分の人生に俳句があってよかったなと思いました。
 
俳句は私にとって自分を育ててくれるものです。俳句は自分の他にあるものと世界をつないでくれる文芸だと思います。
季語があること、句座があること、吟行という場で、自然や歴史、いろんな方々に出会えること、そういう俳句を通じて、自分の狭くて小さい世界が、どんどん広い世界を知り、触れてつながり、広がっていく、そういう体験を重ねてきました。
俳句は私にとって自分を育ててくれる大切な存在です。
私は俳句が大好きです。特に吟行へ行って作句すること、句会が大好きです。
齋藤夏風先生は句会魔などという風に呼んでいらっしゃる時期もありました。
でもどうしても私は自分の作品が好きになれず、自信がなくて、これで本当にいいのだろうかと不安でした。
今回の句集は5冊目になるんですが、句集を出すためにこれではいけない、次こそはという気持ちで取り組んできました。
前回の句集の『櫻翳』は、ちょうど一番苦しい時期には当たっていて、身を削るようなヒリヒリするような思いで作句に向き合っていた時期の作品です。
幸いなことに賞を獲ることができて、自分の支え、大きな励みになりました。
齋藤夏風先生にその受賞報告をしに行った時のことです。先生は身体を壊されていて、あの見舞いという形だったんですが、先生は受賞を喜んでくださったんですけれども、第四句集における私の作風の変化を良しとされませんでした。齋藤夏風先生は現場立ちによる徹底写生を貫かれた作家です。
そしてそう教えられてきました。
ところが『櫻翳』は、私はもう精一杯だったんですけれども、どちらかというと観念、虚に傾くそういう世界に踏み入ろうとしていたので、先生はそれを良しとされなかったんですね。
それでその時、先生はお祝いをしてくださったんですが、こういう言葉をくださいました。
「一度はこういうところを通らないとね」とおっしゃり、「これからは真っ白な気持ちで来るもので作るといい。大丈夫、現場に立てば自然と言葉が出てくるよ」
その半年後に先生は亡くなりました。
そういう句集を出したまま先生が亡くなってしまい、私は今度の句集は夏風先生に喜んでいただけるもの、教えを生かしたものを作りたいと誓い、今回の句集は夏風先生に捧げるものとして作りました。
 
まだまだ課題だらけなんですけれども、少しでも夏風先生生の恩に恩返しができたらとても嬉しく思います。
 
これからのことです。
自注句集を出すために学生時代からの歩みを振り返る中で、すっかり忘れていた第一句集を読み返す機会を持ちました。
二十代の拙い句集です。その「あとがき」にこう書いてありました。
「大学在学中に出会えた俳句を一生の糧として、私は急がず焦らず、本格を目指したいと思います」
大それてますよね。
大それた願いなんですが、これを読んだ時、「ああそうだったんだ」と自分の言葉をかみしめて、書いたことは忘れてましたけれど「それは今も気持ちは一緒だな」と感じました。
今、私が願っていることはただいい句を作りたい。いい俳人になりたいということです。
そして改めて夏風先生の言葉のように、もう一度真っ白な気持ちで歩んでいければいいなと願っています。
皆様、今後ともよろしくお願いいたします。
ありがとうございました。

 

 

 

 

 

ご挨拶をされる遠藤容代さん。
この度は栄えある俳人協会新人賞を受賞させていただき、心より感心を上げます。
『明日の鞄』を選んでいただいた選考委員の皆様に深く感謝申し上げます。
まだまだ未熟な私ですが、これからも俳句の道に精進したいと思っております。
昔から俳句する母と暮らしていたものの、俳句を詠んでみようと思ったことはありませんでした。
いつも真剣にしかし楽しそうに俳句に取り組む母のそばで、当時私はアメリカ文学の研究にいそしんでいました。
博士課程の時にアメリカへ留学することになり、あっという間に何事もなく帰ってこれるだろうと軽い気持ちで行ったのですが、慣れない環境のストレスは大きく、病を得て帰国しました。
そんな頃、母が誘ってくれたのが、俳句の大会やイベントです。鎌倉大や小諸に足を伸ばし、俳句を詠んでみると、新しい世界が広がるようでした。だいぶ体調も回復してくると、もっと本格的に俳句を学びたいと思うようになりました。
それが東大俳句会や結社「未来図」、「天為」への入会です。
初めは、投句の数だけ句を作るので精一杯だったのを思い出します。超結社句会にもお誘いいただき、句歴の長い優れた先輩方に多くのことを学びました。
密かな自信作に点が入ると、とても嬉しく、ちょっとした悩みなど吹き飛ぶようでした。
句会に行く前の緊張と終わった後の安堵、それは今も変わっていません。
こうやって振り返ってみると、多くの方に支えられて、句集『明日の鞄』を編むことができたのだと心より思います。
ネット・対面問わず、句座を共にしてくださった皆さま、そして鍵和田柚子先生と有馬朗人先生。
鍵田先生はじめたての頃、私の拙い句を探して、わざわざ採ってくださいました。
そして有馬先生、ご近所ということもあり、道でお見かけすると、いつも声をかけてくださいました。人見知りなところがある私に先生の方から先に挨拶してくださいました。
自分を少し情けないと思いつつ、その優しさにとても魅了されました。そして最後に「聲」を一緒に発行している母、由樹子に感謝を捧げたいと思います。
私の前では弱音を吐かず、常に引っ張ってくれました。娘を不安に思うこともあったと思います。しかし、ずっと私の可能性を信じてくれました。今回の受賞でお世話になった方たちに、少しでも恩返しできていれば、とても幸せに思います。
これからもどうぞよろしくお願い申し上げます。
ありがとうございました。

 

 

 

 

 

ご挨拶をされる庄田ひろふみさん。
この度はこのような素晴らしい賞をいただく機会を賜りまして、選考委員先生方に御礼を申し上げたいと思います。
私は「天為」に所属しておりまして、元主宰の有馬朗人先生に若い頃から指導していただいておりました。
最初に俳句を始めたのが ギリギリですの10代のころで、有馬先生の俳句にさる筋から誘われて参加してみたら、先生がとても優しかったというところもありますし、俳句そのものの楽しさいうことに非常に魅了されまして、今まで続けているところでございます。
そのあと「天為」に入会しまして、「天為」の日原先生や、東大俳句会に参加して本当に親しくいろいろ教えていただきました。
ちょうど25歳ぐらいの時に、「天為」の編集部句会という句会がありまして、小さな句会だったんですけど、非常に熱心に討論するような会だったんです。
軽い気持ちで参加したんですが、けっこう熱い会で、いままではその場その場で作って出すことが精一杯だったんですけれども、「30、50とまとめた連作みたいなものを作った方がいいよ」ということを先輩から言われまして、そういうことも始めてみました。
最初に50句出したとき、ものすごく厳しい評価をいただいたりもしましたが、それが今に繋がっているのかなと思います。
 
そんな時にですね。先生からある時声をかけていただいて、「そろそろ俳人協会というところがあるよ」と「それに入りなさい」と言われました。
俳句の世界の事は疎かったもので、協会という上部組織があるというのは知らなかったんです。有馬先生に言われたので「ありがうございます」っといって入ったんです。
その時に先生に言われたのが、「俳人協会新人賞という賞があるから、若い時に入っていた方がいいよ」と。
25年前だったので、受賞までに25年かかってしまったわけですけれども、もっと早く出す予定だったんですが、今になってしまいました。
俳人協会はそれだけではなくて、俳人協会の若手句会というのがございます。
今日たくさんご指導くださった先生方も来てくださっていてありがたいと思います。
 
数年前からそこに参加させていただいてまして、今回句集を出そうかなということを最終的に決めたのも、その若手会の若手が、どんどん良い句集を出しているので、私もちょっと頑張って出そうかなということで、出してみたというところもあります。
また最近のその句について、「天為」でもいろいろ教えていただいたんですけれども、「天為」とはまたちょっと違う視点から、句座を共にした先生、また指導いただいた先生方から厳しいアドバイスを多くいただいて、そういうところも句をつくる上で大きな参考になったのかなというところも、俳人協会に入って良かったなと思っております。
今回、このような素晴らしい機会をいただきまして、ありがたいと思ってます。
今後もどんどん第二第三と良い句集を出していけたらいいかなと思っておりますので、ご指導ご支援のほどよろしくお願いします。

 

 

 

 

 

ご挨拶をされる福田拓也さん。
「春燈」俳句会所属、上智大学文学部国文学科の福井拓也と申します。この度はこのような栄えある賞を賜りまことに光栄に存じます。
普段大学で授業をしてて、今いらしゃる人数より学生はいるはずなんですけど、大分緊張します。
すごいアウェイ感と言いますか、このアウェイ感になぜなるのかと先ほど聞いてて思ったんですけど、私は俳人協会に23か4くらいの折りに「入れ」と言われて入ったんです。若手句会があるぞと言われて年齢を見たら「50歳未満」と書いてあったんですね。「若手…?」となってしまったせいで、遠慮したというとこもあります。
 
研究の世界でも、例えば「小説しか研究者やらないですよ、近代文学の人はダメですよ」と言われるので、「私は演劇もやります」と言って、演劇の世界に行きますと、「私は俳句をやるんです」と言うんです。で、俳句の世界に行くと「私は研究者です」という風にコウモリをずっとやっておりましたら、先ほど岸本先生からあのように「何だお前は」ということを言われましたが、演劇学会は賞をくれませんでした。
俳人協会がこのように私に賞をくれたということで、これからは俳人なんだ俺はというふうに強くアイデンティを確認したところです。
今まで研究論文しか書いてこなかったんで、僕の本は非常に読みづらいと思うんですね。
ゆるゆると読んでも楽しいようなものもこれから書いていけたらいいなと、そういう仕事をする機会にこの賞がなれば幸いだということを考えております。
本日は誠にありがとうございました。

 

 

 

 

 

ご挨拶をされる池田瑠那さん。
この度は大き賞を賜りまして、大変光栄に存じます。
選考委員の先生方、関係各位の皆様に心より御礼申し上げます。
『境目に立つ異界に座す』について、少しお話いたします。
これは室生犀星、加藤楸邨、上野泰の作品論なのですが、犀星の章では「昆虫」、楸邨の章では「冬木」をキーワードに、それぞれふたつの作品を読み解いています。上野泰については、句に出てくる「敷居」「縁側」「鏡」といったキーワード、並びに上野泰が座布団に座り、気持ちを半ば強制的に切り替えて、俳句のことのみに集中する時間を設けていたことに注目しました。そして、泰の持つ「境目」や「異界」を見出す力が、作品の魅力となっていると論じたものでございます。
こうお話ししますと、難なく書き進めていったように聞こえるのですが、毎度もがきながら、どうにかこうにかってやってまいりました。
私は、子供の頃から要領が悪く、手先も不器用で、空気を読むというのもあまりできず、とにかく何事にも時間がかかるタイプなのですが、粘り強いという風によく評していただきます。「粘り強い」、果たしてこれは長所なのでしょうか。やりかけたことを途中で投げ出すことを極度に嫌い、成功の見通しもないものに、いつまでも諦め悪くしがみつく。むしろ短所のような気もしてまいりました。
一応そこは気の持ちようということにいたしますが、こうした自分の気性は案外、評論執筆に合っていたのかもしれません。
趣味で習っているロシア語のことわざに「かたつむりは行く、いつか着くだろう」というのがあります。
遅々たる歩み、微々たる前進をそれでも止めずにきたことは少し心地よいのかと思ったり。でもそれは自分だけの力でなしえたことではないと痛感したりしております。
本当に私は自分だけの力でいまここに立たせていただいてるわけではありません。
そもそも「澤」の小澤實先生が「散文という怪物に挑まなければ、俳句上達は叶わない」と仰らなければ、評論執筆に取り組む気もおきませんでした。
また本書の、特に泰の章の後半部分は文學の森の松本桂子さん、「上野泰についてもっと論じてみては」と勧められ、励まされたおかげで書けたところが大きいのです。
ですから、本書は小澤先生になしては、一字も書き出されることはなく、松本さんなしでは完成しなかった本です。
文學の森の齋藤さんや、デザイナーの水崎真奈美さん、上野泰のご長女、松田美子さんにも大変お力添えいただきました。
 
そして振り返れば、私が評論を書くようになってから、上梓までの十数年間、多くの方が応援してくださり、あるいは拙い論を懇切に読んでくださったことも胸をよぎります。
すでにこの世にいない人も含め、そうした皆さんのおかげで、一冊の本ができ、栄えある賞をいただいたことを噛みしめ、今後も精進してまいります。
目下、加藤楸邨について再び論じてみようと、構想を練っているところです。
この度は誠にありがとうございました。

 

 

 

 

 

記念撮影。

 

この日は俳人協会賞のみならず、第32回俳句大賞第9回新鋭俳句賞第12回新鋭評論賞の授与式もおこなわれた。
こちらは、お名前を紹介しておきたい。
第32回俳句大賞     斉藤扶実
 同   準賞     田口紅子
 同 プラチナ賞    鈴木貫一
第9回新鋭俳句賞準賞  鈴木沙恵子
   同        森 雅紀
第12回新鋭評論賞正賞  伊藤幹也 

 

 

 

片山由美子会長を囲んで、受賞者の皆さま。
ご受賞のみなさま
おめでとうございます。
こころよりお祝いをもうしあげます。
ご受賞を機にさらなる高みをめざして、頑張ってくださいませ。
ご健吟をお祈りもうしあげております。

(ふらんす堂「編集日記」2026/3/30より抜粋/Yamaoka Kimiko)

 

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