「麦」創刊80周年記念祝賀会が2026.10.14

 

10月14日、17時より、グランドヒル市ヶ谷にて「麦」創刊80周年記念祝賀会が華やかに開催されました。

 

 

 

ご挨拶される対馬康子会長
「麦」は80周年ということで、80歳という素晴らしい年齢を迎えました。
昭和27年9月の戦後の敗戦間もない頃、中島斌雄が創刊しました。初期の「雲秋意琴を売らんと横抱きに」という作品を作った時代から、昭和63年に斌雄先生が亡くなる2年前に最後の作品となりました「エビネラン一角獣をさしまねき」まで、その俳句を作った時間の長さ、そして河のような精神の流れの長さ、そして深さ。
この振り幅こそが斌雄先生がおっしゃっていた「俳諧自由」なのではないでしょうか。
戦後間もなく生まれた「麦」は。戦後俳句の一翼を担ってきたと、私たちも自負しております。思い返すと本当に懐かしい初先輩方のお顔が目に浮かびます。
斌雄先生亡き後、田沼文雄、橋爪鶴麿、綾野南志の会長の後、私がこうして80周年を祝うことができますこと、本当に光栄なことと思います。
斌雄先生がここにいらしたら、多分喜んでいただけたんではないかなと思っております。
 
宇多喜代子先生は以前から「『麦』って、とっても心が綺麗な人が揃っている、とても綺麗な結社だ」ということを一度ならず何度かおっしゃってくださいました。
「麦」の人たちが本当に心は綺麗なんです。だからこそ80年という「麦」の命が繋がれてこれたんだと私は思っています。
「命」ということで言いますと、実は、私は公の場に出たり、人前に立つこと、会話をすることすら4ヶ月ぶりなんです。この4ヶ月は病気療養に専念しておりました。
いろいろお仕事をお断りしてしまったり、皆様には大変ご迷惑をおかけしたことと思います。6月にちょっと大きな病気が見つかったんですが、その時に決して落ち込むことはありませんでした。「今日の10月14日、出るんだ!そしてこの麦の80周年記念号を世に出すんだ!」という思いがいっぱいでした。
そのためには何をしたらいいのが、そのためにはどういう治療をしたらいいのかということを真っ先に考えて、この4ヶ月過ごしてまいりました。
まだ油断は禁物ですが、おかげさまでこのように元気に立っております。
企業というのは30年続いたら良いとよく言われますけれども、「結社」が80年も続くということは、どれほどの努力と、思いが重なった結果かということです。
誰かが「ここで辞める」と言ったら、もうそれで終わってしまうことなのに、こうして続いていることこそ素晴らしいと思います。感謝の気持ちでいっぱいです。
この「麦」の命を、次にバトンを渡すことがまた一つの課題です。この80周年に安心せず、どうか一人でも多く「麦」に参加いただいて、「麦」を若い人たちの「命」でつないでいきましょう。そして90年、100年と続けていければと思います。
「麦」900号のお祝いももうすぐです。楽しみですね。
この「麦」がどういう結社にこれからなっていくのか、どうか皆様、ご指導ご鞭撻のほど、どうぞよろしくお願い申し上げます。
皆様とこうして「麦」80周年を、この素晴らしい会場でお祝いできることを本当にありがたく思っています。どうもありがとうございました。

 

 

 

 

 

 

「麦」10月号と「麦誌の歩み 1946~2026」
「麦誌の歩み」の1ページ目にかかげられた「麦の言葉」を紹介します。
 麦の言葉(創刊号より)
 
 麦は大地であり季節であり又生活である。
    *
 我われは大地と季節と生活との契合に俳句を生むことを念願とする。
 我われは俳句を通じて不滅の真実を求める。
 而してそこに花さく健康な美の創造を期するものである。
 我われは俳句の上に不断の新しさを望む、
 併し又常に俳句の伝統を踏みしめることを忘れるものではない。
 我われは俳句に自己の全存在全重量を懸けることを理想とする。
    *
 麦は一粒よく地上に遍満すべき使命を儋うものである。
対馬康子代表をはじめ俳誌「麦」の皆さま
創刊80周年 おめでとうございます。
こころよりお祝いをもうしあげます。

 

(ふらんす堂「編集日記」2026/10/15より抜粋/Yamaoka Kimiko)

 

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