第60回蛇笏賞・迢空賞2026.6.28
飯田橋のホテルメトロポリタンエドモンドにて行われた第60回蛇笏賞 迢空賞の贈呈式に報告をしたい。

蛇笏賞をいただいた時に、俳人のみなさまからお花やお手紙やおめでとうというメールをいただいたのですが、いちばん印象に残ったのは70代から80代の俳人の方が「あまりさんが蛇笏賞をとったと聞いたとき、俳句を辞めようと思ったけれども、またやってみようと思う」っていうお便りをたくさんいただきました。それをうかがって、「少しはお役に立てたのかな」と思いました。蛇笏賞という大きな賞をいただいた後、俳句が全然できなくなってしまって、ちょっと困っていますが、また少し身体を休めて、理想とする俳句を追い求めていきたいと思います。賞ということ重みとかそういうことに関係なく、好きな俳句を続けていければ幸せだなと思っています。今日はありがとうございました。

本日は本当にこのような賞をいただきまして、ありがとうございます。この賞を頂けて誰よりも私が一番驚いたと思っております。理由としては自分の業績に対してあまり自信がないという本音がありまして、もう一つは、なんか知らないけども、私の意思とか思いとか今とは別のものに引きずられてここに至ったんじゃないかという不思議な思いがあります。これはもう簡単に申し訳ますと、全部の出会いによって私がこんにちにあるわけですから、その出会いがすべて偶然という感じであります。その偶然の結果として、國學院大学に入り、そして偶然が重なって折口信夫という国文学者を知りました。私が入学したのは丁度、折口信夫の全集が出始めた頃でしょうか。全集が出て後追いのように貧乏学生である私が全集を買ったわけなんです。読んで凄く惹かれました。大学に10年おりましたが、その途中で高野公彦さんにお会いしてるんです。歌人としての高野さんではなく、文学や折口信夫の話ができるひと、という存在でした。ある時高野さんから『宮柊二歌集』を読んでみないかと言われまして。そこで偶然に宮柊二を知るわけです。そこでものすごく惹かれて、短歌も作ってみますということで「コスモス短歌会」に入りました。偶然偶然偶然が重なりまして、さらにその中で晩年の釈迢空が宮柊二の作品をものすごく愛したという事実を知りました。それに加えて、この迢空賞という賞をいただいて何か天命のようなものを感じました。喜びというものですね。俳句や短歌を後世に伝えよというそういった天命をいただいたような気がして粛然とした気持ちになっております。本日はありがとうございました。

本日は迢空賞をいただきまして、喜びを感じております。選考委員の方が、応援してくださった方々に心より御礼を申し上げます。私が歌をあの始めたのはだいぶ遅くて、学生時代を過ぎ、結婚をして10年も経ってからでした。私の学生時代というのは、ちょうど学生運動の最中でして、特に授業もなかったことも多かったんですが、卒業論文は課せられておりまして、私は少しばかりの平安後期の物語を考えたんですが、ちょうどその頃馬場あき子先生の『式子内親王』という一冊に出会いまして、当時の私は歌というものを物語の付録ぐらいにしか考えておらず、物語の中に歌が出てくるとちょっと面倒だなっていう気がしていたんですから、大変その本に、歌の読み方にびっくりいたしまして、筆者の名前をしっかり覚えました。ですが、その人が歌人であるとは全然知りませんでした。ところがしばらくして、そういう私が年を取ってから、偶然にも「かりん」に入会して、そこから40年も歌を作り続けているということに、自分ながらちょっと不思議な成り行きを思っております。長く歌を続けたその魅力を簡単に言えば、小さい詩型ということと、微妙な働きをする韻律です。それは、いともたやすく、簡単に自分の意識や体を揺さぶって、目の前の風景とか場所とかそんなものを超えて、違った言葉を探し求めて、さまようというようなそんな経験をもたらしました。その経験には物語における叙述以上の力が潜んでいるんだろう、というふうにこの頃とは感じております。と言っても、私の身体もだいぶ古びて参りまして、この頃「日の残り」とか「残日禄」とかいう言葉に微妙に反応することが多くなりました。そういう中で、自分の故郷に日在(ひあり)という土地があったというのを思い出して、それを歌集名としたわけです。もう少し日があるうちにという思いが、そんな故郷の地名に合わせてくれたのかなととも思っております。この頃の私の日常と言いますと、夢と現実がほどよく入り混じっておりまして、不思議なことに時間が広くなったような気がします。夢も現実もすべて自分のような感じがするんですね。ただまあこういう話をしておりますと、この度の迢空賞ももあるいは夢かという風になるといけませんので、受賞のご挨拶はこの辺で切り上げさせていただきます。本日は本当にどうもありがとうございます。


また、角川書店創立60周年目にあたる今年に、「河」で角川原義に俳句を学んだ大木あまりさんが蛇笏賞を受賞されたことを角川歴彦氏がとくに喜ばれたということである。蛇笏賞に源義の弟子としてあまりさんがはじめて受賞されたのである。

角川歴彦氏と。
(ふらんす堂「編集日記」2026/6/29より抜粋/Yamaoka Kimiko)
